18話 プール①
季節は7月。
日に日に太陽の熱が、暑さを増してきており、緑居村に夏をもたらしていた。
緑居村は山の中にある事もあり、全国的に見れば、夏の気温は低い方だが、それでも暑い事には変わりが無かった。
「いやー、暑いな…」
「父さん、さっきからうるさい…」
「いや、だって…」
息子に怒られた父親は、汗を流しながら書物の整理をしていた。
どうやら今日は、家の中で作業をするようである。
「暑いって言葉にすると、余計に暑く感じるから口に出さない方が言ってた」
「誰が?」
「じいちゃん」
「…気を付けます」
おおよそ父親らしくない返事をして、再び書物の整理をし始めた。
「今、考えるとロンドンの夏って、過ごしやすかったんだなぁ」
「…それは確かに」
実際、ロンドンは日本に比べると夏の暑さはここまでのモノではなく、夏の最低気温が10℃を下回る事も、ママある。
なので、二人には日本の夏の暑さが余計に堪えるのである。
それからしばらくしてから、家の電話が鳴った。
「悪い、龍乃心、父さん今、手が話せないから、電話出てくれないか!」
「はい」
そう言って、龍乃心は、若干めんどくさそうに立ち上がると、電話の受話器を取った。
「もしもし…」
「あ、もしもし!? 明空? 俺だけど!」
「えーと…どちら様?」
「いや、絶対分かってるだろ! 元治だよ!」
受話器の向こうからは、元治の騒々しい声が聞こえていた。
そもそも、龍乃心の家に電話をかけてくるのは、元治位である。
「なんか用?」
「何も用無いのに、わざわざ電話するわけねーだろ! 誘いの電話だよ!」
「誘いの…?」
「明空って、この山の麓まで降りてった所に、市民プールあんの知ってる?」
「…あぁ、こっちに引っ越して来る時、なんか見た気がする」
「明空が予定空いてるんだったら、みんなでそこ行かない?」
「みんなでって、誰が来るの?」
「いつものメンバーだよ。達也と春樹と澄玲、あと、あっちゃんも来るぜ!」
「いや、いつものメンバーじゃないのも居ただろ。あっちゃんって、法華津 篤君の事?」
「そうそう! 明空含めて、6人で行こうかなって考えてんだけど、どうよ?」
「予定空いてるから良いけど…当日言うなよ。せめて昨日とかに…」
「悪ぃり、悪ぃり、それが今日急に行きたくなっちまって…」
「じゃあ今から、学校前のバス停で集合な! じゃあ!」
そう言うと、元治はとっとと受話器を切ってしまった。
龍乃心は、やれやれといった感じで受話器を置くと、のそのそと準備を始めた。
「父さん、今からちょっと出掛けてくるよ」
「なんだ、元治君からの誘いか?」
「うん…みんなでプール行こってさ」
「友達とプールかぁ…父さんも、子供の頃よく行ったよ。楽しんで来なよ。ほら、これ小遣い」
「良いよこんなに」
「なんかあっても困るだろ? 良いから持ってきなさい」
「大袈裟な…」
かなり雑な金額のお金を持たされた龍乃心は、荷物を持って玄関に向かった。
「じゃあ行ってくるから」
「あぁ、気を付けて行きなよ」
そう言うと、龍乃心はとっとと家を出ていった。
「あれ、そういや龍乃心って…水着持ってたっけ?」
龍乃心、痛恨のミスである。
そうとは知らずに、軽い荷物だけを入れたカバンを肩に掛けた龍乃心は、真っ直ぐバス停に向かった。
途中、目の前に、見た事ある様な後ろ姿を見つけた。
近くまで行って、ようやくそれが元治である事に気が付いた。
「元治」
「うぉぉ!? …ビックリした、明空かよ…。背後からいきなり話しかけんなよ、驚くだろ!」
辺りに響き渡る、すっとんきょうな声をあげながら、龍乃心の方を振り向いた。
「いや、むしろお前の声にビックリするよ…」
「と、とりあえずバス停向かうぞ!」
若干恥ずかしそうにしながら、元治はバス停に向かって歩き出した。
それを追うように、龍乃心も歩いて行った。
学校前のバス停が見えてくると、既に他の4人が集まっている事が確認できた。
「おー、来た来た! 丁度後ちょっとでバスが来るから、いそげー!」
達也の言葉通り、龍乃心と元治がバス停の前に到着して間もなく、市民プールに行くためのバスが到着した。
元治達はバスに乗り込むと、一番後ろの席に固まって座った。
「いやー、ナイスタイミングだったな!」
元治が得意気な顔をして、深く席に腰掛けた。
「なーにがナイスタイミングなの? ギリギリも良い所じゃん。急に準備させられた龍君はともかく、なんであんたが最後なの?」
「バッカヤロウ、澄玲と違って、俺だって色々準備があったんたよ!」
「いや、何も無いでしょ。それより、龍君いやに荷物少ないね。水着とかは?」
「水着…?」
「…うん、いや、水着だよ水着!」
しばらく龍乃心は、ボーッと何かを考えていた。
「明空…?」
「そういや、水着持ってなかった…」
……。
「そんなバカなぁぁぁぁ!?」
元治の叫びがバスの中に響き渡った。