16話 梅雨の祭
季節は6月。
龍乃心達が住む緑居村にも、梅雨がやって来た。
仕事に向かう大人達にとって、雨は非常に憂鬱なものであるが、遊び盛りの子供達にとっては、大人以上に憂鬱なものである。
「あー一昨日も雨、昨日も雨、今日も雨…どういう事ですか、達也さん」
「あらあら、元治さん、『梅雨』ってご存知で? 梅雨に雨が降るのは、何も不思議じゃなくてよ? そんな事も分からない位馬鹿でいらっしゃいまして、元治さん」
「あらあら、達也さんったら、相変わらず言葉が汚くて聞くに堪えないわ。お死になされば良いのに」
「あらら、元治さんの方が100倍言葉が汚くてよ? このバ…元治さん」
「おいこら、今バカって言いかけたかこの野郎」
「はい、御婦人ごっこはもうお仕舞い」
あまりに憂鬱過ぎて、元治と達也が珍妙な遊びを始める始末である。
「あんたら、何やってんの?」
澄玲が呆れ顔で二人に訪ねてきた。
「何って。御婦人ごっこに決まってんじゃん」
「御婦人はそんな汚い言葉言わないから。もっと、トランプとか色々あるでしょ?」
「だって、俺、トランプ勝てないんだもん! 勝てない勝負なんかしたって意味ねーだろ!」
「いや、勝てるように努力しなさいよ。あれ、そういえば、龍君と春っちは?」
「明空と春樹なら、ひたすら学校の中を行ったり来たりしてるよ」
「え、何それ? 二人は何をしてるの?」
「一周目と二周目で、どんな違いがあるのかを見るんだってよ」
「いや、説明聞いても、全く意味が分からないんだけど」
「割と二人仲良いから、明空の奴がどんどん春樹ワールドに染まってくんじゃねーの?」
「いやいや、春っちの奇行は春っちだから許されんだからね! 春っち以外の人がしていい事じゃないんだから! 龍君は正統派クールイケメンキャラを突き進むんだから!」
「お前こそ何わけわからん事言ってんだよ? 何明空のキャラ付け勝手にしてんだよ」
「いや、ロンドンからの帰国子女&イケメンっていうスペック持ってんのに、昼休みに学校の廊下を徘徊ってあんまりでしょ!? そこは間違ってもらっちゃ困んの!」
すると、龍乃心と春樹が教室に戻って来た。
「おー、二人共戻って来たか。どうだった何か発見とかあったわけ?」
「二周目の時は、一周目の時より若干空気が重かったですね」
「あー、そう…。明空は?」
「いや…良く分からなかった」
「良かった! 龍君、まだ間に合った!」
「…え、何の話?」
「明空が、春樹イズムに染まってんじゃないって話ー」
「なんだそれ…」
「…で、当たり前の様に、伍蝶院は二人を付けてたんだよ?」
二人が振り返ると、「きゃ、見つかっちゃった♡」とばかりに照れている伍蝶院が居た。
「い…いつの間に居たんですか? 明空君は知ってたんですか?」
「いや…全く気付かなった…」
「ふふふ、大和撫子たる者、少し距離を置いて、後ろから慎ましく殿方の逞しい背中を追うのがマナーでしてよ」
「どこが大和撫子だよ! 殆どゼロ距離で終始二人の後ろにピッタリくっ付いてる奴が、何慎ましくとか言っちゃってんの!?」
「まぁ、別にあなたの様な下民に、用は無くてよ!?」
「おいこら、また俺の事下民とか言いやがったなコノヤロー! 人の事見ちゃあ下民下民言いやがって、この偽お嬢様が!」
「に…偽ですって…!?」
すると、伍蝶院は見る見るうちに、目に涙を溜めて体を震わせ始めた。
「ちょっと、元治、なに苺ちゃん泣かせてんの!?」
「えー、なんで、俺の方がずっと罵詈雑言浴びせられてきたんだけど! 泣きたいのこっち!」
「あ…あの、伍蝶院…大丈夫か…?」
龍乃心は少し戸惑いつつも、伍蝶院を泣き止ませようと、気遣いながら話掛けた。
すると、どうした事か明空の顔を見るなり、大泣きし始めた。
「え、なんで? 何で泣く?」
「ち…違うんでずの! 明空様がわだじを気遣ってくだざった事が、嬉じぐて…!!」
「いや…俺、嬉し泣きさせたくて話しかけたんじゃないんだけど…」
そして、どさくさ紛れ、伍蝶院はちゃっかり明空に密着して、ささやかな幸せに浸っていた。
その光景を目の当たりにしていた澄玲は、やがて元治の方を振り返ると冷たく笑った。
「元治。これが現実だよ…」
「いや、どんな現実だよ! 明空もいつまでイチャついてんじゃー!」
「ちょっと、下民が私の至福の一時を邪魔しないでくださいます?」
「お前は泣いてんじゃなかったんかーい!」
今日も、小学校には子供達の元気いっぱいの狂騒曲が響き渡っていた。
晴れていようが、雨だろうが、騒がしいのが小学生の通常運転である。
みんなが集まれば、もう祭りの始まり始まり。
※次の更新は12月30日(月)の夜頃となります。