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明空の先の日常にて  作者: ふくろうの祭
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15話 宝物

澄玲に言われるがまま、連れていかれると、やがて先日元治達と釣りをした際に待ち合わせ場所にしていた看板を通り過ぎ、その先にあるデカイ森に辿り着いた。


「よし、着いた龍君! じゃあ早速中に入るよ」


「え、こん中入るの? なんの為に…」


「まぁまぁ、それは行ってからのお楽しみ♪」


イマイチ要領を掴めない龍乃心は、とりあえず澄玲についていくしかなかった。


「澄玲って…いつも一人でこんな森の中に入って行ってるのか?」


「まぁね。もう慣れたけど」


「いくら慣れたっつっても、一人で森に入るのは危ないんじゃないと思うけど…」


「なぁーに? もしかして、龍君、私の事、心配してくれてるの?」


「別にそういうワケじゃないけど…」


この時、龍乃心の脳裏には、とある出来事が過った。

それが龍乃心の今の発言に繋がったワケだが、それはまた別の話である。


「龍君って、お花とか好きなの?」


「うーん…特に花が好きってワケじゃないけど…桜の花は好きだよ」


「あー、桜良いよね! なんか、The 日本の花って感じがして。でもイギリスに桜ってあるの?」


「イギリスにも桜はあるよ。よく家族で花を見に行ったりもしたし」


「そっか、桜って日本だけの花じゃないんだね」


「澄玲は花、好きなの?」


「私は勿論好きだよ♪ 特に紫陽花が好きなんだ! まだ季節じゃないけどね」


龍乃心には、紫陽花がどんな花だか分からなかったが、澄玲から「色が淡くて綺麗な花」とだけ教えてもらった。

龍乃心は、なんとなく桜の花の様なものをイメージした。


「着いた着いた、ここだよ龍君!」


そう言って、澄玲が連れてきた場所には、一面色鮮やかな花々が広がる、楽園の様な景色が広がっていた。


「すごい…ホントに綺麗な場所だ…」


普段、あまり感情を表に出さない龍乃心でさえも、思わず感嘆の表情を顔に漏らさずにはいられなかった。


「でしょー? 私とお母さんの秘密の場所なんだ!」


「そっか。それにしてもホントに綺麗だなぁ。これとか何て言う花?」


「それはスイセンって花。ここら辺だと結構遅くまで咲いてるんだ!」


「へぇー、詳しいんだな。じゃあこれは?」


「ごめん、後は分からない」


「知ってるのスイセンだけかい」


「えへへ、中々花の名前って覚えられなくて…」


澄玲は照れ笑いをしながら、スイセンの花を少々摘みながら、ポツリと呟いた。


「でもスイセンだけは、お母さんが大好きな花だったから分かるんだ」


龍乃心は、澄玲の言葉の端々から、大体の事情を察していた。

すると、澄玲はにたっと笑いながら、龍乃心の方を見ていた。


「…なんだよニヤニヤして…」


「とりゃー!」


突然、龍乃心は、澄玲に物凄い勢いで押し倒された。


「うわ、ちょ、いきなり何すんだ!」


「ビックリした!? それともドキッとした!?」


「すごいビックリしたよ! 心臓飛び出るかと思ったよ」


「あはは、龍君がそんなに慌ててる所、始めてみた!」


「誰だってあんなんされたらビックリするに決まってるだろ…」


「はぁー…面白かった!」


そう笑顔で言った澄玲の顔が、どこか寂しそうだったのに、龍乃心は気が付いた。

龍乃心は黙って立ち上がった。


「…スイレンの花…摘み終わったんだろ?」


「えっ…?」


澄玲はきょとんとした顔をして、龍乃心の顔を見つめた。


「次に行く所があるんだろ…?」


龍乃心の言葉に、澄玲はどこか寂し気で、でもとても穏やかな表情を浮かべながら頷いた。


森を抜けた龍乃心が向かった先は、森からすぐ近くの所にある小さな墓地だった。

澄玲はやがて、一つのお墓の前に立つと、お墓の掃除を始めた。


「水は…これ位で良い?」


「うん、十分! ありがとね!」


澄玲は龍乃心から水を汲んだ桶を受け取ると、慣れた手つきでお墓汚れを落としていった。

墓石には、「雲母 玲子」と刻まれていた。


「私の澄玲って名前、お母さんとお父さんの名前から、一文字ずつ貰って付けられたんだ」


「へぇー、澄玲のお父さん、澄子っていうのか?」


「んなわけないでしょ! 真澄っていうの!」


「…その…お母さんはいつ…?」


「んー…もう2年半前になるのかなー? それまでずっと元気だったのに、急に病気が分かって、それから数か月も経たない内に天国に行っちゃってさ…」


「…それで、お墓に手向ける為に、あの森で毎回スイレンの花を摘んでたのか…」


「あそこ、お母さんとよく一緒に行って、花飾りとか作ってくれた思い出の場所なんだ。あ、勿論お父さんも居たよ」


「そっか…」


「もしかしたら、長い人生の中では、お母さんと一緒に居れた時間っていうのはすごく短かったのかもしれないんだけど、私にとってはずっと、一生の宝物。この宝物はずっと忘れないで持ち続けていくんだ!」


「一生の宝物…うん…きっとそうだな」


龍乃心は、何か想い更ける様に遠くを見つめていた。

それは先程、澄玲が見せた表情と似た、どこか寂し気なものだった。


「澄玲…悪いんだけど、スイレンの花…一本だけ分けて欲しいんだ…」


「うん、良いけど…何に使うの…?」


澄玲の問いかけに返事は返さず、黙ってスイレンの花を受け取ると、スイレンの花を握ったまま、目を閉じていた。

しばらくすると、龍乃心は受け取ったスイレンの花を、澄玲に返した。


「ありがとう」


その一言だけ龍乃心は呟いた。


「…誰かを弔ったの…?」


「うん、俺のじいちゃんにね」


「…そっか、きっと喜んでるよ!」


「…かな」


「うん!」


澄玲は夕日に照らされる龍乃心の横顔をじっと見つめていた。

その時、龍乃心の瞳に一瞬、怒りが灯った様に見えた。

それが夕日に照らされてそう見えただけなのか、本当にそう見えたのかは澄玲には分からなかった。

ただ一つ、分かったのは、龍乃心も何らかの悲しみを背負っているという事だった。


何か声を掛けようと思ったが、澄玲は言葉を飲み込んだ。


「さ、帰ろっか!」


その代わり澄玲は、精一杯の慈しみを込めた言葉を龍乃心に投げかけた。


「うん」


それを知ってか知らずか、龍乃心もまた、いつになく優しい返事をかえした。

家路を目指す二人の背中を、夕日が優しい包み込んだ。

※次の更新は12月23日(月)の夜頃となります。

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