13話 五月人形
季節は5月、龍乃心達が緑居村にやって来てから、早1ヶ月が経とうとしていた。
辺りでは沢山の鯉のぼりが立ち上ぼり、村の景色を少なからず彩っていた。
その日も龍乃心と元治は、学校から一緒に帰っていた。
「明空ん家って、鯉のぼり揚げてんの?」
「いや、まだ揚げてない」
「まだって、そろそろ揚げねぇとこどもの日終わっちゃうぜ?」
「こどもの日?」
「今月の5日がこどもの日っつー祝日なんだ。明日からGWで3日間連休だろ?」
「そういえばそんなこと言ってた気がする。じゃあ急いでまた川に行かないとな」
「…? なんで川?」
「だって、鯉のぼりって、鯉を吊し上げて風に舞わせるんだろ? 川で鯉を調達しないと。元治、また釣り道具貸してくれないか?」
「いや、本物の鯉吊るしたりしないから! 鯉のぼりって、そんな生臭い風習じゃねーから!」
「え、釣った鯉じゃ無いのか? 魚屋で買った鯉じゃないとダメなのか?」
「入手方法の話してんじゃねーよ! っていうか、商店街の魚屋に鯉売ってねーから!」
歩いていると、丁度鯉のぼりを揚げている家があった。
「ほら、鯉のぼりってああいう奴だよ! 明空も見た事あるだろ?」
「なんだこれが鯉のぼりか。なんか干してんのかと思った」
「洗濯物じゃねーから! まぁずっとロンドンに居たから、しょうがねーっちゃしょうがねーけど…。明空の父ちゃんからは鯉のぼりが何か知って教えてもらわなかったのか?」
「いや、鯉を吊し上げるとしか…」
「説明雑っ!! じゃあ明空は五月人形とかも見た事無いんだろ?」
「ごがつにんぎょう…?」
「じゃあ特別に見してやる! 特別だかんな?」
「なんか恩着せがましい…」
「うるさいな、少しは有難がってくれても良いだろ!?」
そんなこんなで、龍乃心は初めて元治の家を訪れた。
家は立派な一軒家で、庭には犬小屋があり、ゴールデンレトリバーが気持ち良さそうに寝ていた。
「へー、元治の家、結構でかいんだな」
「へへへ、良いだろう! ほら、そこにも鯉のぼりが揚がってんだろ?」
そこには一際目立つ、デカイ鯉のぼりが風を泳いでいた。
「元治って、意外とお坊っちゃまだったんだな」
「意外とってなんだ、コノヤロー」
3匹の鯉のぼりが仲良く泳いでいるのを、龍乃心は物珍しそうに眺めていた。
「そもそも何の為に、鯉のぼりってやるんだ?」
「それは…」
質問された元治は、言葉に詰まってしまった。
理由は簡単、元治は何も知らないからだ。
「なんだ…元治も別に詳しいワケじゃないんだな」
「うるせーなコノヤロー、生臭い鯉のぼりしようとしてた奴に言われたかねーんだ!」
元治かいつものようにギャーギャー騒いでいると、玄関の扉が開いた。
「うるさいわよ、元治! ご近所にご迷惑がかかるでしょ! 帰ったんなら、さっさと中に入りなさい!」
中から元治の顔に似た、しかし美人と言えなくもない女性が出てきた。
「か、かーちゃん、出てきていきなり怒る事ぁねーだろ!」
どうやら元治はお母さんに弱いらしく、若干及び腰になっていた。
「この人が元治のお母さん…?」
「あら、そこにいる子っていつも元治が話してた…」
「そうそう、ロンドンから来た明空!」
「いや、別にロンドンを強調しなくても良いだろう」
「あらー、噂に違わず中々の美形ね♪ やっぱりクォーターは違うわね!」
「えっと…その、噂って言うのは…?」
「明空君、お母さん達の間で話題になってるのよ、カッコいい子が転校してきたって!」
「はぁ…そうなんですか」
何やら、龍乃心の知らない所でえらく評判が広まってしまっているらしかった。
なるべく平穏に日々過ごしたいと思っている龍乃心にとっては、どんどん真逆の方向に進んでしまっている事実は、かなり複雑なモノだった。
「で、明空君を連れて、一体どうしたのよ?」
「明空に五月人形を見せてやりたくてさ! 明空、まだこっちに来たばかりで見た事無いんだよ」
「成る程、そういう事ね! じゃあ中に入って入って」
元治程ではないが、どこか落ち着きが無い母親は二人に、中に入る様促した。
「ほら、明空! これが五月人形だよ!」
元治が指差す先には、大層立派な兜が仰々しく飾られていた。
「…カッコいいなこれ…! 」
珍しく明空が目を輝かせて五月人形を眺めていた。
「ロンドンではこういうの無いのか?」
「いや…多分無い。こんなにカッコいい分化が日本にあったなんて…。これって何のために飾るんだ?」
「えっと…それは…」
「男の子の健やかな成長を祈願して、飾るものよ!」
「健やかな成長…か…」
「ん? どうした明空」
「いや…なんでもない…」
何かを思い出したのか、龍乃心は急に物思いに更ける様子で五月人形を眺めていた。
「俺…じいちゃんの期待通りに成長できてんのかな…」
「ん? なんか言ったか?」
「…なんでもない」
「お前、さっきからそればっかりだな!」
「そうか?」
龍乃心の見つめる先に何があるのかは誰にも分からない。
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