12話 温かい味
龍乃心はあからさまに怪訝な顔で、元治のおじいさんの横にいるじいさんの顔を見ていた。
「なんでぇ、龍乃心と元治と…春樹か。随分珍しい組合せだなぁ。まぁなんにしても龍乃心に早速友達が出来たみてぇで良かったわ」
「なんで、爺さんがここに居んだよ…?」
「あぁ? なんでも何もねぇだろうよ、居るんだから、居るんだ。それ以外に何があるってんだ」
「そういう事じゃなくて…」
「俺のじいちゃんと辰じいは、子供の頃からの知りあいなんだよ」
元治は耳打ちをする様に、龍乃心に教えた。
「ふーん…」
「しかし、まさか辰じいさんの曾孫が明空君だったとは驚きです」
「おら、てめぇらそこでくっちゃべってねぇで、こっち来たらどうだ!」
「うるさいな…」
龍乃心は渋々、じいさん二人が立ってる所まで近付いて行った。
「なんだい、元治、川釣りに行ってきてたのか。それで魚は釣れたのかい?」
「おう、大漁大漁! じいちゃんの家で焼いて食べようと思って! 昼御飯まだだろ?」
「あぁ、まだ食べてないよ。よし、今から網と七輪を持ってくるから、待ってなさい」
「了解! へへへ、楽しみだなぁ!」
「焼き魚かぁ、こりゃあ酒が進みそうだなぁ、おい!」
「なんでぇ、辰じいも食べんのかよ。つーか、昼間っから日本酒呷る気かよ!」
「んだよ、別に悪い事ぁ何もしてねぇだろ」
「まぁ…なんつーか教育に悪い」
「訳分かんねぇ事ばっかり言ってねぇで、お前も善吉の手伝いしてこい!」
「なんで俺がこんなにこき使われてんだ…?」
元治は納得していない様子だったが、言われるがまま、元治の爺さんが居る倉庫の方へ走って行った。
「龍乃心は川釣り…というか、釣り自体するの初めてだったろ? どうだ初めての釣りは?」
「うん…まぁ楽しかったよ」
「なんじゃその反応は! もっとガキらしく喜ばんか!」
そう言って、爺さんは龍乃心の頭を軽く叩いた。
「っ痛…! 何しやがんだこのクソジジイ!!」
当然の様に龍乃心は怒ったが、爺さんはそ知らぬ顔で、家の中へ入って行ってしまった。
「だ、大丈夫ですか、明空君」
「いや、大丈夫…。クソ、加減も出来ない癖に頭叩きやがって…」
「明空君はずっとロンドンに居たと聞いていますが、辰じいさんとは今まで会った事はあったんですか?」
「うん、2~3回…。爺さんの方がロンドンの方に来て、そこで会った位だよ」
「へぇー、あの辰じいさんがロンドンに…。成る程、今まで何回か家を空けてた事がありましたけど、そういう事だったんですね」
「その頃から、クソジジイだったよ、あの爺さんは…」
「ふふふ、そうですね、辰じいさんは昔からずっとクソジジイでした」
「…はは、そうかもな」
思わぬ爺さんの悪口合戦で、意外にも二人は気が合う様だった。
「だーれがクソジジイだって、このクソガキ共が」
二人が後ろを振り向くと、悪そうな顔をした爺さんさんが立っていた。
その後、元治達が七輪を持って戻ってきた。
「悪い悪い、俺とじいちゃん申し訳七輪の置いてある場所忘れちゃってさ~。…ところで二人はなんでそんなにボロボロなんだ?」
「いや…何でも無い、気にするな」
「あ…そう。っていうか、辰じいが持ってる酒って、今年の正月にうち来て飲んでた奴じゃんか。まだ飲んでなかったのかよ」
「バカたれが、酒っつーのは少しずつ味わいながら飲むもんだ!」
「あれだよな、顔や言動に似合わず、酒の飲み方だけは真面目だよな~」
「おいお前、『だけ』ってのは、どういう意味だ? 言ってみろ」
元治は「しまった」と言わんばかりの顔をして、それ以上何も喋らなかった。
「なんだ、それ自分の酒だったんだ…」
「ったりめーだろが! 流石に人様の家の酒を勝手に飲んだりせんわ!」
「いや、じいさんならやりかねないなぁっと思って」
「おめぇは、儂からもう一度拳骨を食らいたいらしいな」
「はっはっは、辰さんの曾孫さんは辰さんを目の前にしても、全く物怖じしないんだな!」
元治のおじいさんは優しいそうな顔で笑っていた。
「善吉、こういうのは舐められたら終ぇなんだ。お前もあんまり元治の奴を甘やかすんじゃねぇぞ?」
「辰じい、余計な事じいちゃんに吹き込むなよ!」
「はっはっは、そんなに慌てんでも良いよ、元治。じいちゃんは変わったりせんよ」
「全く善吉は甘ぇな…。まぁ良い、釣ってきた魚とっとと焼くぞ! ホレ、貸してみぃ」
そう言うと、辰じいはいつの間にやら汲んであった井戸の水で、魚の鱗を手際よく取っていくと、慣れた手つきで魚を串に差し、既に熱を帯びた七輪の網に乗せていき、その上から塩を適量振り撒いた。
「ホントは焼き始める30分前に塩をまぶしておくのがベストなんだが、まぁ今日は我慢せい」
「へぇー、俺、てっきり直前に塩を適当にかけときゃ良いのかと思ってたよ」
「直前だと魚の身に殆ど塩の味が染み込まねぇんだ。今回は表面に付いた塩の味で味わえ」
「辰さんは昔から釣りも上手だし、魚を焼かせたら絶品だ!」
「バカタレ、こんなもんコツさえ分かりゃあ、誰だって出来るわ」
そう言いつつも、辰じいさんは満更でもなさそうな顔をしていた。
「龍乃心、おめぇ魚釣りなんざした事ねぇだろ?」
辰じいさんは魚の焼き加減を確かめながら、不意に話しかけた。
「まぁ…今日が初めてだけど…」
「釣りだけじゃねぇ、今まで自分の殻に閉じ籠っていたおめぇにとって、体験した事の無ぇもんが、この村には山程ある。その一つ一つを自分の目と耳と鼻で確かめてけ」
(自分の殻にか…。腹立つけどその通りだ。俺は今まで殻に閉じ籠って、家族以外のモノを無意識の内に拒絶してたのかも)
龍乃心は、何も反論出来なかった。
「図星みてぇだな。まぁ急く事ぁねぇんだ。自分のペースで新しいもんにぶつかってけ。オラ、焼けたぞおめぇら!」
龍乃心は辰じいから焼きたての魚の串を受け取ると、一口噛った。
「美味しい…」
「ったりめぇだろうが、焼きたての魚が旨くねぇ訳ねぇだろ。オラ、ドンドン食え!」
「しかし、辰さん、さっきの言葉良いねぇ。思わずジーンときちゃったよ」
「んな事蒸し返すんじゃねぇよ、善吉も食え食え!」
「辰じい、俺、おかわり!」
「いや、元治、おめぇもう食ったんかい!」
その日、みんなで食べた魚は、龍乃心にとって、焼きたての熱以上に何か別の温かさをもたらした。