11話 川釣り②
3人が川釣りを開始してから早、数時間が経った。
しかし、一向に釣れる気配がない。
相変わらず、春樹はゲームをし、龍乃心は度々ウトウトしていた。
「くそー、今日は中々釣れないなぁ」
「今日『も』ではなく?」
「春樹お前、何て事言うんだよ! いつもは釣れてるんですぅ!」
「それなら場所変えてみますか? もっと上流の方にしてみるとか…」
「それもそうだな! よし、明空! 場所移動しようぜ…っておい、明空?」
元治が龍乃心の方を見ると、龍乃心はすっかり手から竿を離し、あろうことか横になって寝ていた。
「明空ぅぅぅぅ! 寝てんじゃねえええ! 起きろぉぉぉ!」
元治が龍乃心を叩き起こすと、3人は上流に向かって歩き出した。
「明空君、寝るのは良いですが、流石にあんな川の流れている側で横になって寝るのは危険なので、やめた方が良いですよ。寝るならもっと川から離れましょう」
「確かにそうだな…。次は気を付けるよ」
「気を付ける所、そこじゃねーから! そもそも寝るなよ!」
「眠いのに寝るなと言うのはちょっと厳しいのではないでしょうか? 眠いまま何か事を成そうとするのは、効率的にもあまり良いとは言えないと思いますよ」
「事を成すってなんだよ! そんなに大層な話じゃねぇだろ、釣りって!」
「大層な事じゃない? 元治君、今釣りを侮辱しましたね? 全国の釣りファンに怒られますよ?」
「いや、釣りを放ったらかしてゲームウォッチやってたり、もはや釣り竿も持たないで爆睡してる方がよっぽど怒られんだろ!」
そんなバカなやり取りをしながら歩いていく事、20分。
3人は次のポイントに辿り着いた。
「ここら辺で良いか。あんまり上行くと帰りがキツいもんな」
「それもそうですね。というか僕はもう既にキツいですし」
「春樹、お前はもう少し頑張れよ。明空もこんな所で寝るなよ?」
「大丈夫、さっきだいぶ寝たから今は眠くない」
「お前、さっきどんだけたっぷり寝てたんだよ!」
程なくして、3人は再び川に釣り竿の糸を垂らした。
すると間髪いれずに元治の釣竿がしなった。
「おいおい、これ来たこれ来た! やっぱ場所変えて良かっ…」
元治が意気揚々と釣り竿の糸を手繰ると、釣り針に引っ掛かっていたのは魚ではなく、ボロボロのビニール傘だった。
「が…元治君…そ、そんなベタなモノを引き上げるなんて流石ですね…」
春樹は肩を震わせながら、言葉を振り絞った。
龍乃心も顔を反対方向に向けながら、同じく肩を震わせていた。
「なんだおい、何がおかしいんだよ! えぇえぇ、ビニール傘釣れましたけど何か!? いやー、丁度今家の傘が足りなかったから、助かったわー!」
「あ、釣れました。ヤマメです」
「いや、このタイミングで!? お前、どんな嫌がらせ?」
「嫌がらせっていうか、元治君が魚に嫌がられてるだけじゃないですか?」
「うるせーな、何上手い事言ってんだコノヤロー! おーい、明空ぃぃ! 意地悪春樹なんか放っておいて、俺達は俺達で仲良く釣りしようぜ!」
「いや、今話しかけないで…。釣り針から魚引き離してるから…」
「明空もかよ! っていうか、釣れたなら釣れたって言えよ!」
「悪い、夢中になっちゃって…。あれ、これどうやって針を離すんだ?」
「ちょっとコツがありますけど、慣れてしまえば何て事ないですよ。針の反対の方向に…」
春樹は馴れた手付きで釣った魚から針を外した。
「はい、こんな感じです。明空君が釣ったのもヤマメですね」
「ありがとう、勉強になるよ。これがヤマメか…」
龍乃心は、銀色の上に縦じまの様な模様が入ったヤマメのボディを物珍しそうに眺めていた。
「え、しかも釣れてないの俺だけ…? え、何これ?」
すると、春樹と龍乃心は釣った魚を手にとって、見せつけながらどや顔してみせた。
「うわ、コイツらうぜぇぇぇ! ムカツクからその顔止めろ!」
その後も3人は川釣りを楽しんでいた。
何だかんだ言いながら、元治もなんとか魚を釣り上げる事ができ、面目を保つ事が出来た。
「元治君、今何時ですか?」
「今は…12時12分だけど…。なんだ昼御飯食べたいのか?」
「いえ、ゲームウォッチの電池が無くなってしまったので…」
「そういう理由かよ! だけどまぁだいぶ釣れたし、そろそろ降りるか。明空も限界そうだし…」
元治の目線の先には、横になって寝ている龍乃心の姿があった。
「おい、明空、そろそろ起きろ!」
「ん…? あれ、いつの間に…」
「いや、いつの間にじゃないから! 結構寝てたからな!」
元治に起こされた龍乃心は、寝ぼけ眼を擦りながらのっそりと立ち上がった。
「大体、なんで今日はそんなに眠そうなんだよ?」
「いや、別に…」
実の所、今日の川釣りが楽しみで眠れなかったのが原因だが、龍乃心は口が裂けてもそんな事は言えなかった。
「よし、じゃあ俺のじいちゃんの家に行って、釣った魚を焼いて食べようぜ!」
「良いですね、賛成です」
「明空はどうだ?」
「うん、俺も行く」
「釣りたての魚、目茶苦茶上手いからな! 楽しみにしとけよ!」
「この間みたいに焼いた魚を網から落とすとか、もう無しですからね」
「バカヤロウ、俺がそう何度も同じヘマやらかして堪るかよ!」
「いや、やらかしそうだから言ってるんです」
「チクショー、見てろよ!」
3人は無事に看板の前まで戻って来、そのまま元治のおじいさんの家に向かった。
「元治君のおじいさんはお元気ですか?」
「年が年だから足腰は少し弱ってきたけど、病気とかしてる訳じゃねぇし、まぁ元気だぜ!」
「そうですか、なら良かったです」
「…春樹は元治のおじいさん、知ってるのか?」
「小さい頃からよく遊んでもらいましたからね。僕だけじゃなく、達也君や澄怜さんもお世話になってます」
「へぇー」
「へへ、俺の自慢のじいちゃんだからな! 明空にもおっかねぇ曾祖父さんがいんだろ?」
「別に良いよあのじいさんの話は…」
「? 元治君は明空君のひいおじいさんを知ってるんですか?」
「知ってる知ってる! ちなみに春樹も知ってるぜ!」
「僕も…? この村の誰かって事ですか…?」
「そういう事! さ、じいちゃん家に着いた! おーいじい…」
元治が家の前で声を上げるか上げないかのタイミングで、元治の目に飛び込んできたのは、噂の龍乃心の曾祖父さんだった。
「あれ、辰じいなんでここに…?」
龍乃心は、うんざりした顔で自分の曾祖父さんを見ていた。
「…なんであの爺さんがここにいんだよ…」
※次の更新は11月18日(月)の夜頃となります。