2.二学期が始まり、大混乱の教室
ひでぇ夏休みだったなぁ……。
二学期が始まった。
ホームルーム終わりの教室で俺はため息をつく。
クラスメイトの高橋――通称・高やんが後ろの席から背中を小突いてきた。
「でっかいため息だな、アッキー。ひと夏のアバンチュール的なものでもなかったん?」
「ない。まったくない」
ヌーディストビーチには行ったものの、なぜか途中で気を失って、気づいた時にはもう飛行機の時間だった。
ビーチで何かすごいものを見た気はするんだが……思い出せない。きれいさっぱり記憶が欠落している。
その後はこれといったイベントもなく、こうして二学期を迎えてしまった。
灰色の夏休みのお手本のような一か月半だった。むなしい。悲しい。この世に神はいないのか。
ちなみにアッキーとは俺のこと。苗字が秋川だからアッキー。呼んでるのは高やんだけだが。
世の無常を嘆いていると、ふいに廊下の方がざわめきだした。
顔を向け、俺は息をのんだ。
目に映ったのは、凛としたまなざし。長い黒髪。まるで絵に描いたような美少女だ。
クラスメートたちが口々に称える。
「A組の桜坂さんだ……」
「今日もお美しい……」
「一度でいいから話してみたい……」
廊下を歩いている女子生徒は、桜坂雪音。
学校一の美少女だ。
家は日本有数の桜坂財閥。全国模試は毎回トップ。華道や日本舞踊も収めた、清楚オブ清楚。
あまりの淑女ぶりから『男子と話しているところを見たことがない』とまで言われている。実際、あまりに神々しすぎて、男子どころか女子も遠巻きに見ていることが多く、彼女はよく一人でいる。
「なあ、高やん。桜坂さんはどんな夏休みを過ごしたんだろうなぁ……」
「あー、アッキーって桜坂さんが初恋だっけ?」
「うん。住む世界が違い過ぎて、一度も話すことなく失恋したけどなぁ……」
勝手に恋に落ちて、勝手に遠くから眺めて、勝手に思い詰めて諦めた。
この学校じゃよくある話だ。大多数の男子は一度は彼女に恋をする。んで己の身の程を知って諦める。
「――秋川修二くん」
「なあ、高やん。俺の明日はどっちなんだろう。いつか幸せになれるのかなぁ……」
「ちょ、ちょちょちょっと、アッキー!」
机に突っ伏してたそがれていたら、高やんに肩を揺さぶられた。「どったの?」と顔を上げ、俺は凍りつく。
「失礼ですが、秋川修二くん……ですよね?」
桜坂さんが目の前にいた。
反射的に立ち上がる。
「は、はい! 俺っ、いや僕が秋川修二です!」
教室は混乱の渦に叩きこまれていた。
あの桜坂雪音が話しかけている。それも男子に! しかもとくにこれといって特徴のない、空気オブ空気の秋川に! うるせえ、誰が空気だ!? 俺もびっくりだよ!
「秋川くん……つかぬことを伺いますが、夏休みはどのように過ごされましたか?」
「へ? な、夏休み? 俺の……? 姉貴に連れ出されて……海外にいきましたけど」
「……っ」
なぜか桜坂さんの表情が変わった。「やっぱり……っ」とつぶやくと、見る見る真っ赤になっていく。
「秋川くん……いえ、修二くんと呼ばせて頂きますね」
「え!? な、なんで名前で!?」
「そ、そんなの当然です!」
次の瞬間、彼女が発した言葉によって、俺の学校生活は一変することになった。
誰もが遠くから眺めることしかできない高嶺の花、桜坂雪音はいきなり俺の手に触れると、大声で言った。
顔を真っ赤にし、いっぱいっぱいの表情で。
「夏休みに出逢ったあの瞬間から――わたしたち、もう恋人ですから!」
「「「ええええええええええええっ!」」」
クラスメイトたちの悲鳴は学校全体を揺るがすほどに轟いた。




