5 バニーでヘビーな経験
―――町を出てから四時間後
「シーオーン……」
「何だい」
「足が疲れたよー」
「そうかい」
ただただ一本道を歩き続けてから四時間、お日様も真上くらいに昇っていて、休憩無しにここまで来たけどさすがに足が辛い。そう言えばお昼もまだだった、さっきから『疲れた』って何度も言ってるのにシオンってば『そうかい』ばかり。
振り向けばもう町の姿何てないし、左右を見渡せば田んぼしかなくて、変わらない景色に飽きてきた。道も砂利だから足が痛いし、前を見れば大きな森があるくらいで後は何にも無い。シオンは『異界の森に向かう』とか言ってたけど、多分目の前に見えてるのがそうなんだろうね、そこを通り抜ければ最初の目指すべき街があるみたい。
そう『町』じゃなくて『街』なんだよね、結構大きな街らしくて『水の都』とか呼ばれてるんだって。凄く気になるけど……今は何より疲れちゃって楽しくなる余裕が無くなってきた、そろそろシオンを止めないと私が持たないよ。
「シオン、いい加減に休憩しようよー」
「もう森が見えてるから頑張って」
「やだぁ……無理ぃ……」
「は、ハル、汚いから地面に座らないでおくれよ」
「立てないよー、疲れたってばー」
ドサッとカバンを下ろして座り込む私。シオンは体力知らずなのか、ずっと涼しい顔をして黙々と歩くんだもん、そこは人間と獣の差なのかな……私は体力がある方なのか分からないけど、とにかくちょっと休憩しないと本当に死ぬ。
カバンの中から水筒を取り出して、グイッと水を口に流し込む。ゴクゴクと喉を鳴らしながら飲む水は絶品だった、生き返る……お水が冷たくて最高だよ。
「ぷはぁ! 水美味しいッッッ!」
「女の子なんだから……あんまり男みたいな事はしないでおくれよ」
「誰も見てないから大丈夫だよ。それよりお昼にしようよ?」
「あと少し歩けば小さな小屋がある、そこで食べないかい?」
異界の森へ入る手前と出口には小屋があるらしい、何でも旅人や商人が利用する休憩所らしい。もう少しとか言うけど小屋の影も形も無いんだけど……シオンを疑ってる訳じゃ無いけど、私にはあと一時間二時間が辛いよ。
旅何だからそんなに慌てなくても良いのになぁ……とか思ってたけど、多分シオンは私の記憶を早く取り戻したいからだろうな、気持ちは嬉しいし私の為だとか考えてるなら……
「小屋かぁ……ね? 焦らなくても良いよ?」
「え?」
「記憶の事で焦ってるなら、そこまで心配しなくてもいいんだよ?」
「何のことだい?」
あれ? 私の心配とかじゃないのかな? じゃあ何をそんなに焦ってるの?
「いやいや、シオンめちゃくちゃ焦ってるじゃん」
「あー、そういう事かい。空を見てごらん」
「空?」
私は言われた通り空を見る。白い雲が後ろから流れて来るのが見える、後は青空って奴だけど何かおかしいのかな。誰か落ちてくる様子も無いし、一体何なんだろう。
「あの雲は雨を降らす奴さ、だから急がないと濡れてしまうよ」
「天気の事だったんかーーい!」
「痛ッ!? 何するんだい……」
つい手の甲でシオンにツッコミを入れた私。それならそうと言えば良いのに、変に深く考えちゃったよ。確かに降らしそうな感じはするけど、慌てる距離でもない気がするなぁ、空なんてそんなに眺めた事無いから分からないけど……記憶が無いだけで見てたかもしれないけども。
いつまでもこうしてたら、そろそろチョップして来そうだし、もうちょっと頑張るしかないかぁ。
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さらに一時間と少し歩き続けた私達、遠くに見えていた森がようやく目の前に現れた。太陽はまだ傾き始めたくらいで、暗くなる前にここまで来れて良かった……結局歩きながらご飯を食べたから、満腹感が得られずかえって疲れてしまった。
「ここがその小屋なの?」
「そうさ、水も火も使えるから安心していいよ」
「もっとボロいイメージだったけど、全然綺麗だよね」
自由に使っていい小屋とか、好き勝手して汚いイメージしか無かった。シオンは引き戸を左へスライドさせて中へ入る、私もそれに続いて中に入ると。
「うおぉ……めちゃくちゃ綺麗ぇ……」
「ここを利用するのは自由だけど、ちゃんと使った物は片付ける事、食材等はここに売ってある物を買う事。それがここのルールなのさ」
「へぇ……あ、冷蔵庫だ。中身は空っぽだけど」
「商人や旅人の持ち込んでる物を冷やす……要は腐らせない為だね」
冷蔵庫に装着されている石を見る。薄い水色をしていて触ると冷たい、これが魔石って奴なんだね。都会では当たり前らしいけど、目覚めたばかりの私には珍しい物なんだよね。
家にあった洗濯機も魔石の力らしいし、一般的な物なら私も覚えておかないとダメだね。
「ね? ここにある野菜とかが売り物なの?」
「そうさ、その横に置いてある箱の中にお金を入れるんだ。それだけで購入完了って訳さ」
「ふーん、盗まれたりとか黙って使われたりしないのかな、基本無人だよね?」
「ここの管理者は守り神なのさ、だから何処かで監視をしてるよ」
世の中はそう甘くないって事か、確かに勝手に使ったりしたらバチが当たりそう……シオンに言われてから視線を感じるし。
シオンは荷物を下ろすと、カゴに入ったいくつもの野菜やお肉を見ていく。ご丁寧にカゴの端っこに『今日収穫したばかり!』とか『このお肉今日まで』等書かれた紙が貼ってある、ここの守り神って誰なんだろう。娯楽でやってるお爺ちゃん系とかかな……それともお婆ちゃん系?
そんな事を考えながら、私もシオンと一緒にカゴの中身を見ていく。
「二人だから、小ぶりの人参や玉ねぎを使おうかな」
「あ、シオン。その人参虫が付いてるよ?」
「本当だね、これは新鮮な人参なんだろうね」
人参についた虫をつまんで外に逃がすシオン、害虫とかじゃないから殺さないって感じがシオンらしいなぁ…………ん? 何で私そんな風に思ったんだろ、何か思い出しかけたけど直ぐに分からなくなった。
「さ、こんな感じだね。ハル? お金を箱に入れてくれるかい?」
「あ、はーい。えーと、これとそれとそれで……800ギルだね」
箱にお金をチャリーンと入れていく、私達が利用する前に誰かが使っていたのか、まだお金が箱の中に残っていた。割と利用率が高いのかな、確かに便利だしルールさえ守れば自由に使っていいから、人気のある小屋なのかも。
「ハル?」
「はい?」
「どうかしたのかい?」
「何でもなーい。それより、私外の雑草とかむしってくる」
「良い子だね、その間にご飯を作るから頑張るんだよ?」
小屋の玄関に置いてあるスコップと箒を手に、私は小屋の周りに生えている雑草をむしることにした。目立つ所は綺麗にされてるけど、ちょっと陰になってる部分はまだ手が届いていない。
ここに入る前くらいかな、何となく視界に入って気になってはたんだよね。
「ハル、雑草を刈ります……ソイヤッ!!」
―――ブチブチブチブチッッッ!
「割と腕の力を使うから、気を付けないと筋肉痛になっちゃうや」
刈り取った雑草を使わない箱に入れていく、雑草の量が結構多くて直ぐに一杯になる。小屋の裏に雑草を集めた場所があったから、そこに捨ててまた戻っての繰り返し、これは重労働だなぁ。
「はぁはぁ……さて、一杯になったから運ばないと」
「あ、運んでおきますね」
「あーどうもすんませーん」
良かった、手伝ってくれる人が居たよ。これならむしる方に集中出来るなぁ、さっさと終わらせてシオンのご飯を食べなきゃ。
「ソイヤッ! ふぅ」
「運んでおきますねー」
「あ、はい! 本当にすみま―――」
え? ちょっと待って……そう言えばさっきから誰かが手伝ってくれてない? 確か私は一人で草むしりをしてるよね……草むしりに集中出来るとか言ってたよね?
私は慌てて小屋の中に入る、
「おかんッッッ!!」
「誰がおかんだ! 私はまだ二十代だあッッッ!」
「あれ? あれれ?」
もしかしてシオンが手伝ってくれた? とか思ったけど、包丁をこっちに向けて怒る辺り違う見たい。
私は玄関を閉めて草むしりの場所に戻る、もちろんキョロキョロと視線を動かすけど……
「居ない……」
とりあえず気のせいって事にして再開。ひたすら草をむしっては箱へ、むしっては箱へを繰り返し……一杯になった、すると―――
「運んでおきますねぇー」
「いや待って待ってアナタ誰ぇッッッ!?」
バニースーツを着た女の子は、雑草が満載された箱を軽々と持ち上げて居た。