4 ハル、初陣!!
シオンから制裁を受け、笑い転げてから数時間後の朝。昨夜の内に旅行の準備を整えていた私は、その大きなカバンを背負って家から出る。家から出たのは目が覚めてから初めてになる、何となくキョロキョロしちゃって周りを見てしまう。継ぎ接ぎに舗装された道、点々と建つレンガ造りの家、少し遠いけど噴水のある広場。
眺めてたら何か思い出すかなぁ……程度に考えてたけど、残念ながら全く思い出せない。この風景も数えきれないくらい見てきた筈、それでも私の記憶からは何の情報も流れて来なかった。
家から数歩前に進み振り返る。木造平屋の私の家は、陽の光を浴びて活き活きとしてる、所々ボロさは目立つけど味のあるお家だなぁ、誰が建てたんだろう、私は拾われたからシオンかな?
まだ家から出てこないシオン、じっとしていても足が疲れそう。何気なく家の周りを歩いてみる、小さな畑があったり物干し竿があったり、足が壊れちゃってるけど二人用のベンチがあった。ちゃんと使っていたのか不明だけど、生活をしていた証はここにあるんだ……とか、ちょっぴり悲観的な気持ちになっちゃいそう。
「ハルー! どこに行ったのさー!」
「あ、いけないいけない。今行くーっ!」
玄関から居なくなった私を、シオンは心配そうな声で私を呼んでる。勝手に歩き回ると怒られちゃいそうだよ、ホントにお母さん感が半端ない、また言っちゃうと酷い目に合うから口にしないけど。
「急に居なくならないでくれよ、あんたは記憶が無いんだからさ」
「ごめんってば、それよりもう大丈夫なの?」
「あぁ、戸締りは出来ていたよ」
シオンは最後に玄関の鍵を閉めて荷物を背負い、私の隣にピトッとくっ付くように並ぶ。私的にはこれから初めて旅行に行くけど、シオンは二週目突入になるからある程度慣れてるのかも、その証拠にもう一度『窓は閉めた、火の元確認した……』とボソボソと確認作業を呟いてる。
うわぁ……何だかドキドキしてきた、これから知らない場所を巡る旅をするんだもんね? 私もカバンの中身をもう一度確認しようかな……
「うん、よし。じゃあ行くよハル」
「え? 私もカバンの中身を確認してから……」
「あんたは家を出る前から確認し過ぎさ、やり過ぎもあまり良くないんだよ?」
「うぅ……確かに」
あーダメだ、本当に忘れ物が無いか気になって来た、大事な物は目が腐る程確認したけど、それ以外の事は雑にしか見ていないから不安が。
「ほら歩いた歩いた」
「ちょ!? 押さないでって! 背中にデカい乳を押し付けないでってばッッッ!! 嫌味か!!」
「な!? 外でそんな事を言わないでおくれよ!!」
「事実なんだから仕方ないじゃん! ムカつくなぁ!」
朝から記憶喪失の私と、人間モードの狐がギャーギャー言いながらゆっくりと歩き出す。家から少しずつ離れ始めると、チラッと私は振り返ってしまう、寂しさとかは無いけれど、もうちょっとだけあの家で生活を楽しみたかったかも。
でもそんな事はこの旅が終わってからでも出来る、だから今はシオンと一緒に一杯思い出を作りたい、私が忘れちゃった分の記憶よりも、さらに一杯思い出を作りたい。旅をして記憶が戻る保証は無いけれど、楽しくシオンと色んな所に行けるならそれでもいいかな……とか思っちゃったりして。
「あ、ハル。これを渡しておくよ」
「ん? 何この袋」
白い袋は丸みを帯びていて、握るとチャリっと金属が擦れる音がする。程よい重さで中身が出て来ないように紐で縛られてる、昨日準備してた時に入れ忘れてた物かな?
「前の旅行資金が少しだけ残っていてね、引き出しに仕舞っていたのを思い出して持って来たのさ。お金が無いと野宿になってしまうしね」
「私は野宿でも一向に構わないよ?」
「お願いだから身体を大切にしてくれ……」
あ、溜め息吐いた。野宿って旅行の醍醐味的な感じじゃないのかな、テントを立てたりとか、焚き火をして暖をとったりとか。そういうのを少しだけど期待しちゃったよ、シオンは『困った子だよ』と言うけれど、出来れば野宿とか経験したいんだよね、またと無い機会だし何処かで野宿をお願いしよう。
テクテクと歩いているけど、見るもの全てが初めてな気がする。家で感じた『ずっと前からここに住んでいる感』が起こらない、記憶喪失なんて初めてだから仕組みが分からないし、うーん……
「ねぇ? 私ってここに住み始めたのはいつくらいの時なの?」
「あんたを拾って今で16年目だから……3歳の時さ」
「私がまだバブバブ言ってた頃か」
「そうだけどその表現はやめとくれ、腹立つ」
赤ちゃんの真似をお気に召さなかった見たい。この町は規模が小さい所らしいし、何か特別目立つような事もしていない、シオンが言うには『平和中の平和』何だって。住みやすさと買い物のしやすさとかで、シオンはこの町で私と生活をして来た。
あとは守り神の狐とあって、最初は受け入れられるか不安だったみたいだけど、町の人は快くシオンを引き入れてくれて、困った事があったら何度も助けてくれたとか。
「私が記憶を失ったせいなのか、それとも覚えていないだけか分からないけど、町に馴染みがあんまり無いんだよね」
「それはあんたが物心付いたタイミングで『りょこうにいきたい!』とか言い出したからさ」
「直ぐ人のせいにする〜」
小さい時の私は、かなりシオンを困らせていたみたいで、旅行に行きたいと何度も駄々をこねていたみたい。シオンもなるべく私のやりたい事を優先し、好きにさせてくれていたけど、旅行ばかりは中々良しとは言えなかった。
それでも毎晩シオンに張り付いて『旅行! 行きたい!』とか連呼してたようだ、結局シオンから折れて長い長ーい旅行に付き合ったそうだ。町に馴染みが無いのも、物心が付いて直ぐに旅行へ出たのが原因かもしれない。
「ハルは駄々っ子だったからね、大変だったんだ」
「今はそんな事ないよ? 多分……」
「私からすれば変わらないさ。それより町をもう出るよ」
「お、何か人が立ってるね」
町の出口には小さな建物と、二人の男性が立っていた。平和な大陸とは言え、警備は怠らないのが当たり前、悪い人も居ない訳じゃないから、こうして門番をして日々平和な日常を送れるように頑張ってくれてるそうだ。
私達はその中の一人に近付いて話し掛ける。
「今日からしばらく旅行に行くよ」
「あれ、つい最近戻ったばかりだよね?」
「あぁ、この子がまた旅行がしたいと言い出したのさ」
「ハルちゃんは元気だなぁ〜」
シオンと門番さんは仲良く話している、この門番さんも私を知っているみたいだけど……やっぱり顔を見ても誰なのか思い出せない。時々話を振ってくれるけど、適当な事を言いながら苦笑いしか出来なかった。
でも門番さんは『長旅なら気をつけてね、良い旅行を!』と、ニッコリしながら送り出してくれた。悲しい気持ちで答えるより、笑顔で『行ってきます』って言った方が気持ちが良いよね?
「行ってきますっ!」
ビシッと決めて私は手を振りながら歩く。シオンは少し頭を下げたあと、直ぐに隣へやって来た。家から町へ、町からその外へ歩みを進める私。
舗装された綺麗な道から砂利道になっちゃった。歩いて行く先には何も無くて、ただただ一本道が真っ直ぐ突き抜けている。ポケットに仕舞っていた地図を取り出すと、最初の行き先を確認する。
「うー……うー!!!!」
「な、何だい? お腹が痛いのかい?」
「ドキドキするッッッ」
「私はあんたが何かしそうでドキドキしてるよ……」
地図だけを見れば一瞬で大陸を巡れる、でも実際に歩くとなれば長い時間が掛かる。そんな理想と現実が入り交じって、口では表現出来ない気持ちに浸ってしまう、ドキドキが凄くて胸がギュッとしちゃう。
今からこの大陸を一周する旅に出るんだ、不思議な気持ちでもう一杯になってる。色んな体験や経験、出会いと別れ、何が待ち受けているか分からない。
「シオン」
「ん?」
「私めちゃくちゃドキドキしてるの、胸を触って確認してッッッ!!」
「ちょ、ちょっと何をいきなり!?」
こうしてバカ騒ぎしながら旅をするって、本当に楽しいし何も怖いものが無いって思う。シオンとこの先もずっと、助け合いながら突き進みたいな……ううん、突き進むんだ。
「逃げるなああ! 私のドキドキを確認してええ!!」
「断るッッッ!!! こ、こっちへ来るんじゃない!?」
「あはははっ!」