3 もっと素直になろうよ!
「でも旅行って何を持って行けばいいの?」
記憶を無くした私にとって旅行は初めてだし、今の所この家以外の事を知らない。家に何があるかもシオンさんに聞いたばかりで、おトイレが何処かもちょっと分からなかった、洗面所だけは何故かわかったんだよねぇ、記憶を無くす前の私は頻繁に洗面所を使っていたのかな。
そんな事はどうでも良くて、まず何から準備すべきなのかを教えてもらおう。
「あの時のハルは、無駄に大きなカバンを使っていたね」
「それって部屋にあるのかな、ちょっと探してみます!」
ダッシュで食卓から部屋に戻る私。ベッド周辺を探してもカバンの『か』の字も見つからない、洋服が入ってる引き出しも全部開け放つが、やはり大きなカバンは見つからない。
一体何処へ片付けたのかな、私はしばらく目を覚まさなかったらしいから、シオンさんが片付けたに違いないよね。
「この壁にある扉の中とか?」
両開きの扉を開けてみると、私の足元にドサッと深緑の大きな物体が落ちてきた。ほぼ雪崩と変わらない勢いだった、他にも色々私の方へ崩れてきて逃げられなくなり……
「た、助けてくださああああああい!!」
情けないけど救援を要請、何でこんなに物が無理矢理片付けられてるの? 意味わかんない……それに独特な臭いと埃でむせそう。
叫び声を聞き付けたシオンさんは『あちゃ〜』と手で頭を抱えていた。それは何のあちゃ〜なんだろう、こうなる事を予想していたのか、それとも私がおバカだから? 後者じゃない事を祈ろう。
「ハル、ほら手に掴まりな?」
「ママぁ〜」
「離すよ」
「あ、嘘です助けてくださいマジで」
シオンさんに引っ張られて何とか脱出、危うく部屋で悲しい終わりを迎える所だった。服に付いた埃を払いながら立ち上がり、崩れ落ちてきた山を眺める私。
ほとんどが服とタオルで構成されていて、洗わずに無理矢理収納されていた見たい。ちょっとした異臭にシオンさんは鼻を手で塞ぐ、もしかしたら私にも臭いが移ってるかも、とりあえず窓を開けて換気しよう。
部屋の窓を開けた後、私はシオンさんにこの山について聞くことにした。
「これは何ですか?」
「ハルが旅行に使っていたカバンと服達さ。あの後直ぐに事故が起きて洗う余裕が無かった」
「お母さん失格じゃん……」
「あんたの母親になった覚えはないよ!」
この酷い山を先にどうにかしないと準備が進まない、二人で手分けして洗濯機へ服達を放り込む。不思議な魔石の力で動き自動で洗ってくれる機械、こんな便利な物をわざわざ遠い国で買ったらしいけど、いくらしたんだろう……聞いても分からないしまぁいいや。
便利な道具で汚れた服や異臭を放つタオルは、時間経過と共に綺麗な姿に蘇って行く。まさか朝からこんな事になるだなんてなぁ、私目覚めてからそんなに時間経ってないのに、性格なのか割とサバサバしてる様な気がする。
洗濯ついでに部屋も掃除をして、旅行に必要な物をベッドに広げながら夕方を迎えた。
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「よーし纏まった!」
「一体何時間掛けてるんだい……」
旅行に必要な物を選ぶのにかなり苦労した、シオンさんは『必要最低限でいいさ、あまり持ち過ぎても良くない』と言っていたけど、私はもっと旅行を楽しみたい訳でして、服や小物の選別に結構な時間を使っちゃった。
後はシオンさんに大陸の事を教えてもらったり、守り神と獣が人間と共存してる話も聞いた。と言っても割とざっくり話されたから、その時になったらまた色々と教えてくれるかな。
この大きな大陸にはいくつもの国があって、それぞれで技術とか発展の仕方が全く違うみたい。空にはドラゴンが普通に飛んでたりするんだって、見てみたいし乗ってみたいなぁ、噛まれたりするのかな……ちょっと怖いかも。
とにかく今この世界は、守り神と獣と人間で構成されてるらしい。そんな大陸を私はシオンさんと旅したんだなぁ、私はすっかり脳内リセットされちゃってるからわからないけど。
「ね、シオンさん」
「ハル、いい加減その『さん』をやめてくれないかい?」
「え? 何でです?」
「あんたは元々私を呼び捨てにしていたんだ、だから他人行儀見たいなのはやめとくれよ」
シオンさんはちょっぴり寂しい顔、そうだよね私がそんな態度だと気持ち悪いよね。
「じゃあシオン……でいいですか?」
「丁寧な口調も」
「シオン!」
「それでいいさ」
あ、今ちょっとだけ照れた。シオンさん……シオンは割と素直な性格なのかな、言いたい事をズバッと言っちゃう所がある。あと恥ずかしがり屋な部分とかね、私が『お母さん、ママ』とか言ったら怒るんだもん。
元の私がどんな性格だったのか知らない、シオンは『以前のハルとは何だか少し変わった』と言うし、性格まで記憶から消えちゃうのかな。
「えーとね、私必ず思い出すからね」
「ハル……」
「だから悲しい顔はやめてね?」
ニッコリしながらシオンに伝えた言葉、ちゃんと伝わってると良いな。私を育ててくれたらしいし、そんな大切な事も忘れちゃった訳なんだから、早く思い出せるように旅行に行かなくちゃね?
「あ、でもさ?」
「何だい?」
「私を育てた訳なんだから、やっぱ実質お母さんじゃない?」
「…………」
シオンは頭をだらんと垂らす、何だろう感動したのかな? それとも泣いちゃったのかな。でも黒いオーラ見たいなのは何だろ、すごく『ゴゴゴゴゴ』って感じの……
「あんた……」
「ひぇ!?」
「もう怒った! 許さないよッ!!!」
「うわっ!? 待って、待て待てッッッ! いやあああああ!!」
私をベッドに突き飛ばすと、脇腹とか足の裏をコチョコチョしてくる。その間、シオンはずっと笑った表情でいやらしい手つきで攻撃してくる。
家でこんなに楽しいんだから、きっと外に出たらもっと楽しいよね? うんん、絶対に楽しいに決まってる!
「やめ……あはははははッッッ!!」
「観念しな!」
「ま、ママ! あはひゃひゃはははは!!」
私も懲りないなぁ。