1 記憶喪失とお狐様
マイペース更新になります。まったりとしたストーリーが書けるようにがんばります。
「んー……」
妙な夢を見ていた気がする。でもそれが何なのか私には思い出せない。まだ頭がフワフワとしていて、意識もハッキリしない、朝起きると直ぐに動けるタイプじゃないのは確かだ。
だけど、自分が一瞬『誰だったのか』分からなくなるのは初めてだった。この部屋は本当に私の部屋なのか、ずっとここで暮らして来たのかすら、曖昧になったのは初めてだ。少しずつ頭の思考が回り始め、自分の事もこの部屋の事も思い出してきた。
「私はハル、この町で生まれた」
はたから見たら変な女の子だと思われそう。それでも自分確認をしないと、何だか不安になりそうで怖かった。今更だけど寝汗もすごいし、パジャマが半乾きで気持ちが悪い。ゆっくりとベッドから出ると、私は洗面所へ行き鏡を見てみる。
「あ、私だった」
今の発言で少し笑いそうになった、それはそのはず私は私なんだから、それ以外なんて考えられない。
「着替えないと……あぁーまずは顔を洗お」
蛇口を捻ると冷たい水が勢い良く出てくる、両手でその水をすくって顔面にパシャっとかける。水の冷たさがこんなにも気持ちがいいとは、普段なら感じたり考えたりはしない。
今日は特別おかしいらしい、自分でも分かるくらいだから本当におかしい。
「着替えは……あぁあった」
パジャマを脱ぎ捨てて、畳まれて籠に入っていた服に着替える。そこでふと気が付いた、この服を用意したのは誰だっけ? と、そういえば昨日の記憶とかが無いような、思い出そうとしてもモヤモヤしたものに邪魔される、私は本当にどうしちゃったんだろう。
「ダメだぁ……何も思い出せないよー」
今ハッキリと覚えているのは、名前とこの町で暮らして来た事くらいだ。その筈なんだけど昨日以降の記憶が出てこない、町で暮らして来た感覚があるのに記憶が無い、考えれば考える程謎が深まる。
思考を巡らせながら部屋に戻って行く、ずっと暮らして来た家の筈なのに、初めてここに来た感覚しかない。
「ん? クンクン……いい匂いがする」
部屋に戻る途中、奥の部屋から美味しそうな匂いが漂って来た。それと同時にお腹の虫が『ギュルー』っと鳴き始める、あぁ……お腹空いたなぁ。
「お母さんかな」
私は早足でその匂いがする部屋を目指す、近づくにつれて匂いの強さは増していく。扉は少しだけ開いていて私はそのまま中へ入る、キッチンに立っていたのは、
「おや、起きたのかい。ずっと目を覚まさないから心配したよ?」
「…………」
え? 誰この人
身長も私より高く、白い着物を着た女性。特長的なのは銀髪で茶色い大きな尻尾……尻尾!? それに耳!?
いや耳は耳でも獣耳の事、そしてテーブルを見ると美味しそうなご飯が並べられていて……だ、ダメだ私はきっとまだ変な夢を見てるんだ。
「よ、妖怪!?」
「あんた失礼でしょっ!」
「痛い!! オタマぁ!」
私の発言が悪かったのか、彼女はオタマで私の頭をコツンと叩いて来た。どうやら彼女は私の事を知っている見たい、でも私は全然記憶に無い。
「ごめんなさい、あの貴女誰ですか?」
「そうかい、やはりハルは記憶が飛んだようだね」
「何か知っているんですか?」
彼女の『やはり』と言った所、私は何かの理由で記憶が無い様だ。見た感じと声色で悪い人ではなさそう、良かった……いきなり朝から妖怪に食べられるのかと思ったよ。
釜の火を吹き消して私に近付いてくる、普通なら後ろに下がりそうな場面なのに、私は抵抗せずに受け入れてしまう。彼女は優しく私を包み込むように抱き締めてきた、何だか懐かしい気持ちに浸ってしまう、それでも私は彼女の事も昨日以降の記憶は無い。
「ハル、あんたは数日前に馬車に轢かれたのさ。その時に頭を強く打ち付けて、意識不明になった」
「私が馬車に?」
「そうさ、いつ目を覚ますか分からないからね、こうして毎日朝食を作り続けてたのさ」
少しだけ身体を離しそう語り掛けてくる、まさか私が事故に合ってただなんて想像が付かない。彼女が嘘を付いている様な空気でも無い、私が単純に疑う意識を持っていないだけかも知れないけど、瞳を見ていたら嘘を口にしてるだなんて思いたくない。
冷たい色をした瞳だけど、何だろう全然違和感とか感じ無い。もう何度も見て来た瞳の様な気がする。
「そうなんですね…でもごめんなさい、貴女の名前を思い出せなくて」
「そうかい、私は『シオン』だよ、あんたの―――」
「お母さん?」
「違うわ、そこまで老けていないしまだバリバリの二十代だわ」
残念ながら外れだったらしい。じゃあこの人……シオンさんは私とはどんな関係なんだろう、どう見ても人間では無いよね、尻尾生やしてるし耳がピコピコしてるし。
「とにかく、今は冷めないうちに食べちゃいな?」
「え? あ、はい。頂きます」
私は椅子に座って山盛りになった白いご飯を見た後、シオンさんに視線を移す。手を合わせて『頂きます』と言った後、油揚げで包んだ卵焼きを食べていくシオンさん。
ずっと見つめていると『冷めるよ? 早く食べなよ』と言われた、油揚げで包んだ卵焼きを口に入れる……
「あ、美味しい」
「油揚げなんだから当たり前だよ、ほらおかわりもあるからドンドン食べちゃいな?」
料理を口に入れて咀嚼する度に、なんだか懐かしい味がすると思い始めた。この料理も何度も食べて来た気がする、空腹だった事を忘れていたお腹は『もっと食べたい』と訴えて来る。
そのリクエストに答えて私はドンドン口に運ぶ、本当に美味しいし飽きない味だ。記憶が曖昧なのにこの風景は見覚えがある、何があったのかちゃんと後から話を聞こう。
記憶の欠片を集める為に、ちゃんと元の私に戻る為に、ポジティブに行動しよう。