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上からアリコ(^&^)!  作者: 大橋むつお
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6:『カンニング』

上からアリコ(^&^)! その六『カンニング』


 カンニングしたのは田中卓真という目立たない生徒であったが、祖父が難物……という先生たちのウワサであった。


 一年のとき、この卓真を「おまえ」と呼んだ先生に、卓真の祖父が怒鳴り込んできた。

「礼儀としつけに厳しいことは、けっこうだが、なにも問題行動を起こしたわけでもない孫を『おまえ』呼ばわりするとは、何事か!」

 祖父の迫力と名刺で、校長はじめ、先生たちの腰が引けてしまった。


――田中興産社長 田中卓蔵――


 よく調べると、Y高が旧制中学のころの卒業生であったことも分かった。

 地元では、ちょっとした表と裏に通じる顔であり。あまりに平凡な苗字と、卓真の一見大人しそうな外見に先生たちは油断していた。

 理事長は、田中卓蔵の恩師でもあり、この街と田中一家のことにも通じ、卓蔵もこの恩師である理事長には頭が上がらなかったが、心臓に欠陥があり、理事長は大阪の専門病院に長期入院していた。


「おまえ」事件で、先生たちは、卓真に対して腰が引けてしまった。


 卓真自身も普段は大人しくしている。ただ、なにか気に入らないことがあると、表情が変わる。これがサインになって、先生たちは、卓真が切れる寸前で引いてしまうのであった。

 表面は平穏であったので、Y高に来て二年目のアリコ先生も気づかなかった。


「卓真がカンニングしてるみたいなんだけど、怖くって注意できないの。大学受験を意識してのことなんだろうけど……」


 一時間目の監督の先生から聞いたアリコ先生は、二時間目の監督を買って出た。そして、この騒ぎである。


「まあ、本人も、メモのしまい忘れと言ってるわけですし、テストが始まってすぐのことで、見るヒマもなかったんだよな近藤君」

 生指部長は、お気楽そうに片づけようとし、卓真とアリコ先生に、お茶をふるまった。

「これはカンニングです!」

 アリコ先生は机を叩いた。勢いで、茶碗が踊り、お茶が飛び散った。

「アチチ、なにすんだよ!」

 生指部長の猫なで声に勢いづいた卓真が吠えた。生指部長は目で、アリコ先生を牽制した。

「目にゴミでも入りました、先生?」

「いや、そういうわけじゃ……オホン」

「そうですか、わたしは辛抱していますけど、目の前のゴミが目について、ムナクソが悪いんですけど」

「ゴ、ゴミだと……!」

「そうよ、テスト開始後にカンペ置いてりゃ、世間じゃ立派なカンニングだわよ。それをメモの置き忘れ!? かかってもいないお茶を熱がってみせるなんて、ゴミの理屈だわよ!」

「なんだとお!」

 卓真が、アリコ先生に手を伸ばした。


「!」


 一瞬の気が発せられ、卓真は魔法をかけられたように伸ばした腕をねじり上げられ、カエルのようにはいつくばらされた。

 生指部長は、びっくりして、手をしたたかに打ち、湯飲み茶碗をひっくり返した。

「アイタ、アチチ……!」

「わかった、ほんとうに熱いと、ああいうリアクションになるの……よっ!」

「ウ、痛え……!」

 アリコ先生は、ねじ上げた腕に、いっそうの力を入れた。

「ほう、ようやく本音で話ができそうね」

「アリコ……いや、藤原先生、どうかそのくらいに……」

「いいえ、これからです。先生、ズボン穿きかえたほうがよろしいんじゃないですか」

 生指部長のズボンの前からは湯気が立ち上っていた……。


 キーンコーンカーンコーン……。


 三限のテストの終了を告げるチャイムが鳴り響く間、卓真の祖父とアリコ先生は睨み合っていた。

 間に座っている、校長、生指部長は、気が気ではなかった。卓真はフクレかえっていた。

「田中さん、甘やかしてばかりでは、卓真君のためになりません」

「なにを……」

 校長の眉が一瞬ビクっと動いた。

「卒業生であるあなたは、この学校の有りようにも、いらだっておられますね。質実剛健だったY高が……いえ、旧制Y中学校のあまりな変貌ぶりに」

「それと、これとは……」

「同じです。同じ想いから出た、田中さんの気持ちの表と裏です」

「あんた、あのなあ……!」

 そう言いかけて、田中卓蔵の口が止まった。

「……卓蔵、おまえ予科練なんか行くんじゃないぞ!」

「その目は……」

 アリコ先生の口から出たのは、若かりしころの吉田理事長のそれであった。目つきまでかわっていた。

「吉田先生……」

 少年のようにあえぎながら、卓蔵は呟いた。カーテンがひらりと揺れて、五月の風が、下校する生徒のさんざめきと共に吹き込んできた。

「フフ、ちょっと理事長先生のマネをやってみました」

 アリコ先生は、五月の風の中、女子高生のようなあどけなさで微笑んだ。


 ということで、卓真はアリコ先生が指導することになった。


 それから土日をはさんだ月曜にテストが終わり、お決まりのショートホームルーム。テストの終了で、みんなウキウキソワソワ。


「みんな、注目して!」


 担任のメガちゃん先生が叫んだ。

 メガというわりに小柄。妻鹿とかいて「メガ」と読む。アリコ先生ほどではないが、テキパキ、はっきりした先生で、千尋は好きだ。

「明日から、このクラスに転入生がやってきます。今日紹介しとくから、みんなよろしくね」

 みんなの中でざわめきが起こった。

「じゃ、長崎さん、入ってきて!」

 コロコロと教室のドアが開き、その子は入ってきた。

 転校生らしい緊張感が、きちんと揃えたハイソックスの足や、胸の前に組んだ手に現れている。

「長崎智満子さん。紹介は……」

「あ、自分でします。自己紹介……」

 少し訛りのある言葉だった。でも、それが、とてもカワユク、初々しいので、皆が拍手した。

「あ、あの……シャレじゃないんですけど、わたし長崎からやってきました。えと……」

 方言が気になるのか、チマちゃん(千尋は、もう、そう呼ぶことに決めた)は言い淀んだ。

「わたしは……!」

 カワユク開き直ってチマちゃんは続けた。

「東京のことは、よう分からんけん。どうか、よろしく。わたし、緊張ばすっと……すると、なんかハブテルように……あ、すねたように見えよっと。あ、見えますけど、ただの緊張なんで。どうかよろしくお願いします」

 顔を真っ赤にしてペコリと頭を下げる。そんな飾らないチマちゃんに、クラスのみんなは好感を持ったようだ。

「あ、長崎ではチマちゃんて呼ばれとっとです。ばってん……だから、みなさんも、そう呼んでくれっと、嬉しかとです」

「じゃ、席は、千尋……阿倍野さんの横」

――え、わたしの横!?――

 千尋は、嬉しくなった。呼び方も自分で決めたのといっしょだ。

「……よろしくね」

 そうつぶやくように千尋に挨拶した、チマちゃんの瞳は、ありふれた鳶色だったけど。クリっとした目の輝きは誰かを連想させた。

 それが、誰なのか気づくのには、もう少し時間が必要だった。


 下足室で、靴を履きかえ、校門を出たころ、二人は、ほとんど親友になりかけていた……。


 つづく 



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