5:『ほんとにナナ?』
上からアリコ(^&^)! その五
『ほんとにナナ?』
「これ、ほんとにナナ……?」
「だよ……」
犬小屋の前で、首輪もつけず大人しくしているナナ。
美咲と千尋は、ブランド品のニセモノを見るような……いや、ナナは秋田犬というブランド犬のニセモノのようなものだったから、ニセモノをホンモノを見るような、戸惑った目で見ていた。
たしかにナナはおかしい。
あれだけドヤ顔のニクソい犬だったのが、まるで借りてきた猫(?)のように大人しい。
「どこかで、ケンカして負けちゃって、しょぼくれてんのかなあ?」
しかし、ケンカ負けしたイジケタ様子でもない。怪我をしているところもない。
なんというか、ヤンチャクレのオテンバが、良家のお嬢サマになったような感じなのだった。
「こんなこともするんだよ……お手!」
ナナは優雅に右の前足をあげた。
「おお……!」
千尋は、驚きの声をあげた。
「お代わり!」
ナナは、穏やかに左の前足を上げた。
「三べんまわって、ワン!」
ナナは瞬間、とまどったような顔をした。しかし、すぐに顔と尻尾をかっこよく上げて優雅に歩調をとって、境内を三周回って……。
山門のところで「ワン!」と吠えた……いや、スポーツ選手の勝利の雄叫びのように、力強さと気品を見せて声をあげたのである。
「ナナだとは思えないなあ」
千尋は正直に感想を述べた。
「わたしも最初はそう思った。学校から帰ったら、山門のところで、コマイヌみたいに胸はってお座りしてんだもん。ナナって、お行儀悪かったから、お座りしてもナナめだったし」
美咲は、意図せずにギャグをかました。千尋は一瞬笑いかけたが、美咲の真面目な様子に顔を引き締めた。
「これが動かぬ証拠」
美咲は、サロペットスカートのポケットから、紙切れを出した。
「ナナの手形?」
「うん。お父さんが万一のときに、前足の手形をとっておいたの。ほら、肉球のシワまで同じ。これって、人間でいえば指紋と同じだからね」
――お分かりいただけましたでしょうか――そんな感じで、ナナはアゴをを軽く突き出した。
「ナナは、修行の旅に出て解脱して戻ってきたんだ」
本堂の開いた扉から、美咲のお父さんがユルユルと降りてきた。
「わずか、二週間の修行であったが。犬の時間に換算すれば百六十日の修行にあたる。ごらん二人とも、ナナの姿は比叡のお山で千日回峰行を成し遂げた、修行者のように気高いじゃないか」
「うちって、天台宗じゃないけど……」
「ハハ、美咲は、まだ高校生だから分からんだろうが、うちの宗派は天台宗から鎌倉時代に別れた宗派なんだよ。ちっとも不思議じゃあない。なあナナ」
「ワン!」
そう吠えて、ナナは、さも賢そうに、ユラリと尻尾を振った。
ナナの事件がおさまって、学校はテスト一週間前に入った。
当然部活はテスト期間中も含め、お休み。千尋は二回部活にいっただけでのお休み期間であった。
それは、二日目の英語のテストが始まって、間もなくの時であった。
「やってねえよ!」
その声は、中庭を挟んだ一年生の校舎まで聞こえてきた。
「じゃあ、これはなによ!」
アリコ先生の声が続いた。
「だから、しまい忘れたんだってば!」
「いいから、こっち来なさい!」
「カンニングじゃねえんだから!」
「問答無用!」
アリコ先生は、そういうと、その男子生徒の腕をつかんで、生活指導室のある一階へと下りていった。その間、男子生徒はわめき倒していたが、意外にアリコ先生の力は強そう。数十秒で三年生の校舎は静かになった。交代に生活指導室から中年の男の先生(なんせ、千尋は入学して一ヶ月半。クラスや学年の違う先生の名前や顔は、まだ覚えられていなかった)が、試験監督に上がっていった。こころなし、その先生の顔が青ざめているように見えた。
教室はしばらくざわついたが、シマッタンこと島田先生が一喝した。
「テストに集中!」
生徒たちは、それで静かになったが、シマッタン先生は、さっきの中年の男先生のように青ざめていた……。
つづく




