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上からアリコ(^&^)!  作者: 大橋むつお
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4:『とっとっと?』

上からアリコ(^&^)! その四

『とっとっと?』



「 いづれの御時にか、女御、更衣あまたさぶらひたまひけるなかに、いとやむごとなき際にはあらぬが、すぐれて時めきたまふありけり」


 NHKのアナウンサーのような名調子で、アリコ先生は『源氏物語』のイントロのところを暗誦した。

 晩春の午後の日差しが、柔らかくアリコ先生を浮かび上がらせている。

「文学ってね、字が悪いのよね。そう思わない?」

「はい」

 三人の先輩は素直にうなづいた。

「……はい」

 ルーキーの千尋は、いまいちピンとこなくて、あいまいな返事しかできなかった。

「千尋」

 アリコ先生は、もう、お気楽に呼び捨て。

「多分、あんたの悪いクセね。分かってもいないのに、とりあえず『はい』って言うのは」

「は、はい……」

 図星を言い当てられて、千尋は少し面食らった。

「美奈、ちょっと説明してあげて」


 ツィンテールの美奈先輩が、ゆっくり千尋に向き直った。


 部室を兼ねた書庫の空気が、揺らめくツィンテールにかき回されて、本たちの香りに満ちた。先週、蔵書点検のやり直しをやったので、本たちが少しざわめいているような気がした。


「文学って、いかめしいでしょ。文を学ぶって書いて、なんだか身構えちゃうじゃない」「……はあ」

 千尋は、正直に間の抜けた返事をした。それが、面白かったのか、アリコ先生も、先輩たちもソヨソヨと笑った。

「音楽って、音を楽しむって書くじゃない。で、音楽。ブンガクとオンガクじゃ、こんなに違う」

「なるほど」

 今度は、少し目からウロコであった。

「そう、本来は文楽と書くべきだった。でも、それだと人形浄瑠璃の文楽と区別がつかなくなる。そこで、文学ってイカメシイ字を持ってきた……と、いうのが言い訳。明治時代に文学やった二葉亭君とか坪内君たちがカチンコチンだったのよね。自分たちが、なにか高尚なものをやってるんだって気持ちを持ちたかったのよね」

 アリコ先生は、明治の文学の開拓者たちをオトモダチのように言った。読んだことはないけど、二葉亭四迷、坪内逍遙の名前ぐらいは千尋でも知っていた。

「森鴎外や、夏目漱石なんかの次の世代も『文学』のままで放置しちゃったんですよね」部長の加藤先輩が、あとをつづけた。

「そうよ。漱石なんて『坊っちゃん』とか『我が輩は猫である』なんて、ライトなもの書いたんだから、あの人が変えとくべきだったのよね」

 幸先輩が、合いの手を入れる。

「だから、千円札の肖像を野口英世なんかにとられちゃうんだよな」

「ちょっと、横道に入りかけてる。文学とは文楽である。そこの確認いいわね」

「はい」

 四人の声が揃った。

「まずは、文学のもとは言葉だってことの確認」

「どういうことですか?」

 千尋は、基本的というよりは原始的な質問をした。先輩たちが暖かく笑っている。

「だって、言葉を見えるようにしたのが文字でしょうが。で、その文字を自在にくっつけてできたのが文学」

「なるほど」

「じゃ、まず言葉で遊んでみよう。これ大阪弁なんだけど分かる?」

 アリコ先生は、ホワイトボードにこう書いた。

――ちゃうちゃうちゃう?

――ちゃう。ちゃうちゃうちゃう!

 先輩たちは、クスクス笑うが、千尋はさっぱりであった。

「じゃ、新入りさんに説明したげて」

「はい」

 カチューシャのおでこを軽く叩いて、美奈先輩が答えた。

「少し補足して標準語で言うと、こうなります――あの犬、チャウチャウじゃない?」

「ちがうよ。チャウチャウじゃないよ」

 加藤先輩が、あとをつづけた。

 千尋は、ナルホド。で、あった。

「じゃ、こんなの分かる?」

 アリコ先生は、新しい言葉を書いた。

――とっとっと。

――とっとっと。

「……えーと」

 先輩たちにも分からないようだ。むろん千尋に分かるわけがない。

「千尋、ボケでいいから言ってみな」

 呼び捨てを通り越して、ボケになってしまった。さすがのミッドフィルダーのハートにも火が点いた。

「……二人連れが、道を歩いていて、石ににつまづきかけた!」

 やけくその答えに先輩たちが吹き出しかけた。

「じゃ、これで、どうよ!?」

――とっとっと?

――とっとっとよ!


 しばし沈黙の四人の部員……。


「わかった!」

 カチューシャおでこの美奈先輩が手を上げた。

「それ、九州の方言です!」

「じゃ、どういう意味?」

 ニンマリとアリコ先生が腕を組んだ。

「写メ撮ってんの?」

「……そう、写メ撮ってんの!」

 一拍遅れて気づいた、ツィンテールの幸先輩がつづいた。

「そう、長崎弁。最近テレビのコマーシャルにもなってるわよね」

 頭の中に花が咲いた感じだった。字としては、なんの意味も持たない「とっとっと」が、長崎弁と分かって意味が知れると、俄然、人間の生きた言葉として息づいてくる。

「と、いうことで、文芸部最初のレクチャーは『文学は文楽』ということでした」

 先生が、そう締めくくったころ、書庫のカーテンを透かしてお日さまが、西の空でニッコリ笑っていた。


 家に帰って、パソコンで例の長崎弁のコマーシャルを確認。思わず吹き出してしまう。

 昨日まで、なんとも思わずに見過ごしていたコマーシャルが、とても豊かな言葉で面白く感じられた。


 アリコ先生は、怖いだけじゃないんだ。


 そう思っていると、スマホが鳴った。美咲からだった。

「ね、千尋ちゃん。ナナ帰ってきたよ!」

 爆発しそうな、美咲の喜びの声に圧倒された。


 その変化は、発見や喜びの姿をしながら、少しずつ進んできていた……。


 つづく



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