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上からアリコ(^&^)!  作者: 大橋むつお
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3:『アキタケンじゃないよアキタイヌ』

上からアリコ(^&^)! その三

『アキタケンじゃないよアキタイヌ』

 


 鯉のぼりは近くの送電鉄塔にひっかかった。


 電力会社の人たちが来て、ちょっとした騒ぎになったが、鉄塔の上に見事に引っかかった鯉のぼりは威勢良く風にたなびき、たまたま近所にロケに来ていたテレビ局がカメラでとらえた。

『電気鯉のぼり』というタイトルで、明くる朝のロ-カルニュースにまでなった。

 平謝りの美咲のお父さん……って、お坊さんなんだけど、お坊さんに手を合わせて謝られ苦笑いの電力会社の人たち。

 テレビで観ていても、なんとも可笑しく、千尋の家では家族みんなでケラケラ笑った


 美咲のお父さんにしてみれば、仕事柄、人に手を合わせるのは、どーってこともない。

 黄色いヘルメットに作業服のオジサンたちと、お坊さん、そして鯉のぼりってコントラストがなんとも面白いのである。


 後日のことだけれど、この『電気鯉のぼり』の絵がとてもイケテルので、電力会社のCMにも使われることになった。原発や節電で風当たりの強い電力会社にとっては、いいイメージアップになったようだ。

「世間の風をうまく受け流している」

 そんな皮肉なコメントを言う評論家もいたけど、電力会社は逆手にとって、明くる年のこどもの日には、廃棄で取り壊される前の送電鉄塔の間に三百メートルのケ-ブルを張り百匹の鯉のぼりを空に泳がせて、みんなに喜ばれた。


 でも、そのころには、この不思議で、ちょっと切ない物語は終わっていた……。



 美咲から携帯がかかってきたのは、その『電気鯉のぼり』にケラケラ笑っている最中だった。

――朝からごめん。うちのナナ見なかった?

「ううん。ナナがどうかしたの?」

――昨日から姿が見えないの。わがままな子なんだけど、勝手にいなくなったことなんかなかったから。

「そうなんだ。見かけたら電話するわね」

――うん、お願い。昨日はテレビ局の人たちが来たりして落ち着かなくて。わたし普段からかまってやらなかったから……家出しちゃったのかなあ……。

 しっかり者の美咲が、涙声になっていた。


 ちょっと説明がいる。ナナとは犬のことである。


 美咲のお父さんの名前は英三郎という、あまりお坊さんらしくない名前である。

 お父さんの上には英真と英鸞という、いかにもお坊さんめいた名前の兄がいたが、二人とも坊主を嫌って公務員とサラリーマンになり、坊主にさせる気も、なる気もなかった三男のお父さんが後を継ぐことになったのだ。

 そのお父さんが二年前、檀家さんの家で生まれた秋田犬の子犬をもらってきた。それがナナなのである。


 このナナという名前には、ちょっとイワクがある。


 ナナは三匹生まれた子犬の一番最後にお母さん犬のお腹から出てきた子である……と、檀家さんから説明を受けた。

 美咲などは、三匹の子犬をもてあまして、お父さんの関心をかうための手だと思っていた。

 お父さんは、自分の身の上と重なって二つ返事で、その三番目の子犬を引き取ってきた。

 美咲をはじめ、家の者たちは、この子犬を飼うことに反対だった。

 秋田犬というのは、大型犬で、自治体によっては飼育に規制があるところもある。

 反対されると、お父さんの子犬への気持ちはますますつのってきた。

 日頃、家族のわがままには、ほとんど口出ししないお父さんの気持ちが爆発した。

「飼うって言ったら飼う。だいいちオレは英三郎なんだぞ!」

「それが、どうしたって言うのよ」

 お母さんは、ポカンとして聞いた。

「英三郎ってのは、『忠犬ハチ公』の飼い主の名前なんだぞ。で、こいつはハチ公と同じ秋田犬なんだぞ!」

「だからね、秋田犬アキタケンってのは、大きくなってエサ代だってばかにならないのよ。子犬のうちのシツケだって大変なんだから」

「今アキタケンて言ったなあ……こいつはなあ、そんな青森の南の県みたいな呼び名じゃないんだぞ」

「へ……」


「正しくは、秋田犬アキタイヌって言うんだ!」


 そうして、ナナは、美咲の家で飼われることになった。


「ナナ」という名前にはわけがある。

「ハチ」と、お父さんは名付けたかった。しかし死ぬまで、渋谷の駅前で主人を待ち続けたハチ公のような苦労はかけたくない。そして自分自身の屈折した半生への思いも無意識に働き、ハチの一つ下であるナナに決まったわけである。


 当然、ナナは可愛がってくれるお父さんには、よくなついた。しかし、他の家族にはシッポも振らない。美咲などは、一度にらみ合いの勝負を仕掛けたことがあるが、あまりの目力に、思わず目を背けたとたんに噛みつかれた。それもニクソイことに、ご主人さまの娘と分かった上でのアマガミであった。美咲はいまだに、そのときの勝ち誇ったナナのドヤ顔が忘れられない。だから、折に触れて邪険にしてきた。


 そのナナがいなくなってしまった。


 お父さんの落胆ぶりも可愛そうであったが、自分自身、姉妹が家出してしまったような寂しさと心配が心を占めていることに驚く余裕もないほどうろたえていた。


 そんな美咲に同情して、千尋は美咲のお寺から半径百メーターの家々一件ずつ「たずね犬」のビラを配る手伝いをした。


 しかし、その甲斐もなく、ナナの行方は、ようとして知れなかった。


 そして、千尋にとって二度目の部活の日がやってきた。


 初日は、アリコ先生は学校の会議。千尋は先輩三人といっしょだったが、先生や部活の話も聞けなかった。年度末の蔵書点検にミスがあることが分かり、司書の先生といっしょに図書カードと原簿の照らし合わせにこき使われた。

 で、階段で美咲を呼び止めて話しを聞くことにしたのだが、例の鯉のぼり事件、ナナの家出事件のため、ほとんど予備知識も得ることなく、二度目の部活となったわけである。


「失礼しまーす……」


 千尋は、おずおずと司書室のドアを開けた。

「いらっしゃーい」

 上からアリコ先生の声が降ってきた。

「あ……」

 と、声をあげると、高い脚立からアリコ先生が本を抱えて下りてきた。

 ちょっと違和感。


 先生のポニーテールがわずかに左に偏ったサイドポニーテールになっていた……。


 つづく



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