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上からアリコ(^&^)!  作者: 大橋むつお
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2:『美咲ちゃ~ん!』

上からアリコ(^&^)! その二

『美咲ちゃ~ん!』


                            



「美咲ちゃ~ん!」


 千尋は、階段を降りかけていた美咲を呼び止めた。

「あ、千尋、オヒサだね。学校もう慣れた?」

「ちょっといいかな……」

「なによ、千尋」

「ちょっち、相談ってか、聞きたいことがあって」

「へ、中学以来だね、千尋の相談なんて。前は……対立してる亜里砂派と静香派に、両方いい顔しちゃって板挟みの話しだったね」

「今度は、そんなんじゃないのよ……」

 美咲は、千尋の顔を覗き込んだ。

「そこに立ってられると掃除のジャマなんだけど」

 掃除当番の三年生に小言を言われた。

「ごめん、千尋、あっち行こう」

「うん。あ、すみません」

 掃除当番の三年生は、あ、あんたかって顔をした。

「阿倍野千尋さんでしょ。どうよ、バレー入る気になった?」

――あ、連休前にバレーの勧誘をされた三年生だ。

「あ、わたし文芸部に入っちゃったから」

「そうか、残念」

「千尋、こっち!」

 美咲が、掃除のすんだ渡り廊下の方で呼んでいる。


 Y高校は仏教系の私学で、十年前、男女共学にしたときに、校舎を建て替え、ミッションスクールのような、清楚でオシャレな校舎になった。


 ベージュを基調とした壁に、緑青色の屋根瓦。ファサード(正面)は表通りに向けて少し張り出し、ささやかなバルコニーと尖塔が付いている。知らない人が見たら、とても仏教系の学校には見えない。尖塔の先にはCDのケースほどの板に「有」の一字が書かれて掲げられていたが、それに気づく者は、掲げた本人以外はほとんどいない。たまにいても、その意味までは分からず、飾りの一部だと思ってしまう。「有」の一字はほんの一年ちょっと前につけられたのだけれど、皆、最初から有ったもののように思いこみ、気にもしなかった。

 その本館と二号館を結ぶ渡り廊下の窓に、肘を突いて二人は並んだ。


 ぽっかり、ゆっくり流れる白い雲を背景にして、二筋向こうの通りのほうに鯉のぼりが仲良く泳いでいる。


「嫌みな鯉のぼり」

「あれ、美咲ちゃんちのだよね?」

「うん。男の子がいるわけじゃないのにね」

「お寺さんだから、仕方ないわよ」

「どうして、お寺だったら、鯉のぼりなのよさ」

「それは……」

「小さい頃は、檀家さんのためとかで納得してたけど。小学校の高学年くらいから、クラスの男どもに言われんのよね。美咲、おまえ、ホントは男なんだろうって」

「ウフ、思い出した。『やーい、やーい、オットコオーンナ!』」

「千尋!」

「イテ!」

 美咲に頭をポコンとされた。

「で、なによ千尋の相談って?」

「美咲ちゃん、アリコ先生に習ってるでしょう」

「ああ、上からアリコ」

「どんな先生?」

「どんなって……どうして?」

「それがね……わたし、文芸部に入っちゃってさ」

「アハハ、千尋が文芸部。マンガとラノベっきゃ読まないあんたが!?」

「……うん」

「アハハ……」

 五月晴れの空にふさわしい明るさで、美咲は笑った。その時、二人の後ろを一年生の女子が渡り廊下走り隊よろしく、キャッキャ言いながら走って来た。


「コラア! 廊下を猿みたいに走るんじゃない!」


 美咲は、外見とは似つかわしくない胴間声で、一年のガキンチョを叱った。

「す、すみません……」

 ビビった一年生たちは、スゴスゴと行ってしまった。

「み、美咲ちゃんの落差って、そのへんすごいんだよね」

「だからオトコオンナってか」

「そ、そうじゃなくって。美咲ちゃんの、そういうキッパリしたとこウラヤマでさ」

「ははーん……千尋、他のクラブの勧誘封じに文芸部入ったなあ」

「いや、それは……」

「今も、階段掃除やってたバレーの関根さんに、何か言われてたじゃんよ」

「……図星かな。さすが美咲ちゃん」

「文芸部は地味だけど、少数精鋭のエリ-トクラブだよ」

「先生の、サイドロッカーの横に文芸部のポップが貼ってあってさ、『来る者は拒まず。去る者はいない』って書いてあってさ……アリコ先生も、なんだか、『飛んで火に入る夏の虫』ってオーラがあってさ。わたしって、お気楽に腰掛けのつもりで入っちゃったから……」

「で、悩んでるわけ?」

「うん……」

 千尋は、体が縮んでしまいそうなため息をつきながら返事をした。美咲は相変わらずニマニマと笑って聞いている。

「ねえ、美咲ちゃん。美咲せんぱ~い!」

「それはね……」

 そこまで言って、美咲はCGのバグのようにフリ-ズした。

「ああ……」


 一番下の鯉のぼりが一匹風に吹き飛ばされてしまった。

 なんだか、とても不吉な予感がした……。


 つづく……。




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