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上からアリコ(^&^)!  作者: 大橋むつお
19/19

20:『エピローグ』

上からアリコ(^&^)!その20

『エピローグ』



「しまった……!」

 思わず口をついて出てしまうところだった。 


「失礼しました……」

 そう言って、頭を下げたとき、それが目に入ってきた。


――来る者は拒まず。 

 ここまではいい。次の行を読み間違えていた。

――去る者はいない……だと、感じていた。


――来る者は拒まず、去る者は追わず。文芸部。

 と、当たり前に書いてあった。


「どうかした?」


 アリコ先生が振りかえった。

「あ、あの……文芸部に入ろうかなって……」

 千尋は、自分でも分からない収まりの悪さを感じながら、要領をえない答をした。

「このポップ、なんか変?」

「いいえ……そうじゃなくって」

 アリコ先生はわずかに小首をかしげて言った。

「……ちょっと中庭にでもいって、話ししようか。ね、千尋」

「ハ……」


 千尋は、初めて会ったアリコ先生が、下の名前で呼んだことに驚いた。胸の名札には阿倍野としか書いていない。アリコ先生は三年の担当で、一年の千尋とは縁がない。考え始めたときには、カーディガンを羽織りながら職員室を出て行く先生のあとに続いていた。


「まだ少し記憶が残っているようね」


 アリコ先生は、赤いバラを手折ってベンチに座った。昼前にやんだ雨が、バラの中に露となって憩っていた。強いバラの香りが、あたりに満ちた。

「あ……」

 千尋は満開のバラのように目と口を開けたまま、蘇った記憶に混乱した。

「赤いバラは、記憶を蘇らせるのよ」

「だって、あれは運動会の日のことでしょ……?」

「そう、わたしたちは、あの一ヶ月前の世界に戻ってきたの」

「先生は……」

「千尋には、まだお礼を言ってなかったから、ちょっと記憶を完全に思い出してもらったの」

「小町は、もう蘇ってこないんですね」

「ええ、千尋のおかげよ。ありがとう」


 それから、アリコ先生は全てを話してくれた。稲井豊子の姿で身を隠した小町をおびき寄せ、その野望を打ち砕くための企みといきさつ。そして、それには安倍晴明の血を引く千尋の、本人も自覚していない力が必要だったことを。


「ほんとうにありがとう。千尋がいなければ、この街……いえ、この国は小町に乗っ取られるところだった」

「わたしに、そんな力は……」

「あるのよ。わたしの体は歳をとらないし死ぬこともない。でも、千年も生きているとね、ここは、もうズタズタ」

 アリコ先生は胸に手をやった。

「心が……?」

「そりゃそうよ。この千年間のこの国の不幸や争い事を全部見てきたのよ。好きな人や尊敬できる人と出会っても、いっしょにいられるのは二十年が限界。でしょ、いつまでも若いままで、その人たちの前にいるわけにはいかないものね。で、その人たちとの何度ものお別れ。そして、小町との争い」

「そうなんだ……」

「その千年間の疲れが、左半身に出てきてね。ちょっと左手きつかったの」

 千尋は、先生のポニーテールに目をやった。以前のように左サイドにはなっていなかった。

「ちょっと小首をかしげるのも、そのせいだったんですか?」

「ええ、無意識だけど、どうしてもね」

「あれ、可愛かったですよ」

「ありがとう」

「でも、あれって先生の苦労の現れだったんですね……」

「千尋の姿勢の悪さといっしょね」

「あ、はい。気をつけます」

「……名残惜しいけど、これでお別れね」

「アリコ先生……」

「千年の宿敵も倒した。少し休もうと思って……千尋がおばさんになったころ会うかもね」

「はい……」

「オジイチャンによろしく……」


 そういうと、アリコ先生は白いバラを手折って、クルっと回し、あたりは新しいバラの香りに包まれた。

 千尋は一瞬めまいがした。


 めまいが収まると、一人でベンチに座っている自分に気がついた。



――わたし……なんで、こんなとこにいるんだろう?――



「阿倍野さん、バレー部考えてくれた!?」


 二階の渡り廊下から、バレー部の関根がほうきを振りながら叫んだ。

「あ、もうちょっと考えさせて下さい!」

「いいわよ、良い返事期待してるね!」

 その関根の後ろで、渡り廊下を走っている一年生を叱っている美咲の声がした。その美咲が、関根と入れ替わった。

「千尋ちゃ~ん、いっしょに帰ろ!」

「うん、下足室で待ってて!」


 下足室へ向かおうとして、千尋は振り返った。なにか去りがたい気持ちになった。


「なんで、わたしって泣いてるんだろう……」

 その時、正門の方から犬の楽しげに吠える声がした。声だけで分かった。美咲ちゃんちのナナが、また散歩の途中で、ご主人の美咲ちゃんのお父さんの手を離れて駆け出したようだ。

 下足室から、美咲ちゃんといっしょに出てくると、ナナは三年生の男子生徒を追いかけ回していた。

「うん、あいつなら噛みついても許す」

「いいの?」

「いいのよ、田中卓真って、少しヤナやつだから」

 やっと、お父さんがナナを捕まえた。千尋と美咲ちゃんは、知らないふりで空を見上げながら校門を出た。

 三つむこうの通りの屋根ごしに鯉のぼりが泳いでいる。


 その上の空は、午前中まで降り続けた雨がウソのように青空が広がっていた。


  ――完――




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