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上からアリコ(^&^)!  作者: 大橋むつお
16/19

16:『千尋、あぶない!』

上からアリコ(^&^)!その16

『千尋、あぶない!』



 千尋には、なにが起こっているのかまるで分からなかった。

 

 校舎やグラウンドは、バグったCGのように歪み、ねじれ、明滅しながら姿を消していく。


 残ったのはカフェラテのマーブル模様を千倍にこねくり回したような空間だった。

 そのこねくり回したものは、あらゆるところで刹那カタチになる。B29の大きな背中を零戦が機銃を撃ちながらかすめていった。思わず身をかがめたら、目の下に東京タワーの先端。そいつがグルーっと百八十度回転する。一瞬落ちたような気がして、ジェットコースターに酔ったような気になった。東京タワーの脚は何百台という戦車に変わって、それぞれ勝手な方角に走り去っていった。突然の炎、それが旋風となって、周りを真っ赤にした。熱いとは感じなかった。まるで、無重力の中VRで映画を観ているような……と思ったら、真っ赤な中から、炎の中心のような白熱したものが現れ、それが炎を吐き出している竜の口。


 アっと思ったら、千尋はその竜の口の中に飲み込まれてしまった。


 一瞬気を失った。


「起きて、眠っちゃだめ!」


 アリコ先生が、襟首をつかんで千尋を放り投げた。今まで千尋がいたところで大きな手が虚空をつかんでいた。

 手の先を見上げると、彼方に稲井豊子の憎々しげな顔が見えた。

 そして、世界は再びカフェラテのマーブル模様のこねくり回しになり、いろんなものが刹那カタチをしては消えていった。

 カタチの大半は、歴史の授業で見たような風景や事物であった。ダンスパーティー……入り口に「鹿鳴館」の文字。ニッコリ笑った笑顔が、なにか思いついたように、片肘ついて横顔に……太宰治……正岡子規……アリコ先生に見せてもらった肖像……が、動いている。と、思ったらその向こうに日本橋の浮世絵……いや、リアルに動いている。かなたの赤富士が迫ってきたと思ったら、その裾野を、騎馬武者たちが駆けている。


「千尋、あぶない!」


 オジイチャンの声が切れ切れに聞こえてきた。騎馬武者たちは千尋のからだをすり抜けていく。怖くて目をつぶってしまう。

 でも、目をつぶっていても、幾百、幾千の歴史の断片が、三百六十度、千尋のまわりでチョー早回しのVR映像で流れていく。

「じっとしてちゃダメ、動き回って!」

 アリコ先生の声。上下の感覚は無い、無重力。夢の中のようでもあるが、そんなお気楽なものではない。三半器官がおかしくなって、気持ちが悪い。

 時々、何者かの手に捕まえられそうな感覚。それは直前に分かって身をかわせるようになってきた。何者かの気配……それは、稲井豊子のそれ。稲井豊子の下僕となった人たちのそれ、もう、振り返っている余裕なんかない。

 無重力の混沌の中を逃げ回る。関根が笑顔で手を差しのべてきたときは一瞬油断。しかし関根もさっき稲井豊子の下僕となってしまったことに気づき、慌てて身を翻す。


 洞穴が見えた。


 慌てて隠れる。同居人がいた……これは石橋山の合戦に敗れて、源頼朝の主従……これもアリコ先生に見せてもらった前田青邨の絵。頼朝と一瞬目があった。と、すぐに頼朝主従の姿は消えて、千尋一人になってしまった。

 外では、あいかわらずアリコ先生と稲井豊子とその下僕たちがぶつかる気配。もう、千尋は逃げ回る気力を失っていた。ほんの何秒か、千尋は、魂が抜けたようになってしまった。

 気づくと、外の気配が静かに……そっと、千尋は外を覗いた。


 外は、起伏の多い野原になっていて、一つの高みにはアリコ先生が。もう一つの高みにはチマちゃんの姿に戻った稲井豊子が肩で息をしてあえいでいた。アリコ先生が気を放った。チマちゃんは悲鳴をあげて吹き飛び。草原に叩きつけられた。

「チマちゃん!」

 思わず、千尋は叫んでしまった。アリコ先生が、そしてチマちゃんがゆっくりとこちらを見た。

「千尋、こいつの目を見るんじゃない!」

 アリコ先生の注意は一瞬遅れた。千尋はチマちゃんの息絶え絶えの目を見て、思ってしまった。

――かわいそう……。

「千尋!」

 アリコ先生が叫んだと同時に、千尋は数十メートル離れたチマちゃんの足許にワープさせられてしまった。


「これで、勝負は逆転ね」


 チマちゃん。いやチマちゃんの姿をしたそいつの声が耳元でした……。


   つづく



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