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上からアリコ(^&^)!  作者: 大橋むつお
15/19

15:『全てを知っている』

上からアリコ(^&^)!その十五

『全てを知っている』



 アリコ先生を狙った銃口は、一瞬の後に斜め上方に向けられ、ごく普通の競技用ピストルのように鳴らされた。ただ、その銃口から実弾が発射されたことを除いて。


 銃弾は、校舎の尖塔に付けられていたCDのケースほどの板を粉々に打ち砕いた。そして、ほとんどのモノが静止してしまった。空を飛ぶ飛行機や鳥さえも、まるで時間が止まってしまったように。綱引きをしている人たちも、力をいれた瞬間のまま静止していた。


――来るモノが来た――


 アリコ先生はそう思った。すると、綱引きをしていた人々や、観客の中から一人、二人と緩慢に体を動かす者が現れた。数十秒の間にその数は百人ほどになった。そのほとんどが緩やかに気を付けの姿勢になり、アリコ先生に正対した。


 ただ二人、当惑の顔で、この状況を受け入れられないでキョロキョロしている二人がいる、生徒席にいる千尋とオジイチャンだ。

「動かないで!」

 アリコ先生は、二人に向かってそう叫んだ。びっくりして二人は立ちすくんだ。後の言葉を続けようとしたら、銃を構えたままの下士官が口を開いた。

「この銃で、あなたを殺せるのならいいのですが、永遠の命を持ったあなたを殺すことはできない。あなたが自分で生きることを止めない限り」


――こいつ、全てを知っている――


「わたしも知っているわよ」

 百人ほどの中の一人が口をきいた。


「「チマちゃん!?」」


 アリコ先生と千尋が同時に叫んだ。

 アリコ先生は千尋に向かって動かないように手で制止した。千尋は金縛りにあったように動けなくなってしまった。特別に術が掛けられたようではなく。威に打たれて動けないのだ。こんなアリコ先生は初めてだ。

「少し待っていてね」

 千尋は、ゆっくりと綱引きの列の中で制止している女生徒の方に向かっていった。その女生徒は、バレー部の関根(その2で、千尋にバレー部に勧誘した三年生)に近づくと、彼女の肩に軽く手を置いた。

「やめなさい!」

 アリコ先生の叫びは、下士官の冷めた声で止められた。

「あなたを殺すことはできないが、あの子は殺せますよ」

 銃口は、千尋に向けられた。

「こ、これはどういうことだ!」

 千尋のオジイチャンが観客席で叫んだ。もう一人の自衛隊員がオジイチャンに銃口を向けた。おののいたオジイチャンがびくりとして、後ずさりしようとすると足が動かなかった。ズボンの裾をナナが噛みついて放さない。

 関根の体が透け始めた。そしてチマちゃん、いや、長崎チマの体がほのかに光り始め、少しずつその姿が変わってきた。

 数十秒で関根の体は消えてしまい、チマの幼げな姿は、大人の女のそれに変わっていた。


「せ、関根さん!」

「い、稲井豊子……!?」


 千尋とオジイチャンの体が一瞬動き、二人の自衛隊員はピストルを構えなおした。


「やっと、ここまで戻ることができた」

 チマ、いや稲井豊子は手のひらのホコリを吹くようにフっと息を吹きかけた。すると、にじみ出すように関根の姿が浮かび上がり、直ぐに寸分違わぬ元の姿になった。

「これは、どういうことだ……」

 オジイチャンが唸った。

「阿倍野君には説明しておくわね、それくらいの縁はあったから。本人に話してもらいましょうか」

「関根さんは……」

「元のわたしは消えたけど、わたしは生まれ変わったわ。この方の……小町さまの手に付いたわたしの汗からDNAを解析していただいて、より完全な関根敦子として蘇ったのよ。もう膝の故障も治って、また新しいわたしとしてバレーができるわ」

「わたしは、三十年ほどは長崎チマとして生きてきた。その前は稲井豊子だった。阿倍野君たちといっしょに学園紛争を楽しんでいたころはよかったんだけど、五十を過ぎたころに稲井豊子の体には飽きちゃって……だいいち、豊子の体はガンに蝕まれていたものね。そこで新しい魂をいただいて若返ったんだけど、自由にならないわ。羨ましいわね、こうやってパソコンのソフトのように更新していかなくてもいい、永遠の若さを持ったアリコ、いやさ羽仁恭子!」

「やっぱり、あんたはピンクのバニー……」

「いいえ、阿倍野君。こいつの正体は、藤原有子。上つ年、平安のいにしえより永久の若さを保ちつつ千年の長きを生きてきた化け物!」

 チマ、いや、豊子。いや、小町は、パチンと指を鳴らした。すると、いままで、制止していた多くの人たちも、ムックリと動き出したではないか。


「臨・兵・闘・者・皆・陣・裂・在・前!」


 アリコ先生の裂迫の気合い!

「フフ、九字護身法なんか、もう効かないわよ。この者たちは式神なんかじゃない。みんなわたしが更新した人間たちよ」

「もう、そんなところまで……次元を変えて話したほうがいいみたいね」

「話しじゃないわ、戦いよ。有子にトドメをさすためんのね!」

 青空が、みるみるかき曇り、風が吹き、遠雷さえもしはじめた。


「「闘!」」


 アリコ先生と小町が、同時に気合いをかけた。

 まわりの風景が捻られるようにひずみ、しだいに暗雲の中にいるような気配になっていった。


 つづく



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