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上からアリコ(^&^)!  作者: 大橋むつお
13/19

13:『ちょっと、ついてきて』

上からアリコ(^&^)!その十三

『ちょっと、ついてきて』


「ふーん、そのナナって犬は、ころっと性格が変わっちゃったのね……」


 アリコ先生は、新発売のドーナツの最後のひとかけらをもてあそびながら呟いた。

「ええ、それがね……ハムハム」

 千尋は、二つ目のドーナツをほおばりながら、忙しくくりかえした。肩たたきのお礼を兼ねて、アリコ先生は千尋にドーナツをおごった。

 千尋は、ここんところの不思議な出来事をしゃべりたかったし、新発売のドーナツも食べたかったので、この学校近所のドーナツ屋さんに連れてきてもらったのだ。


 不思議なのは、千尋は「ドーナツが食べたい」と思っただけで、口に出して言ったわけではない。


「新メニューのドーナツ食べに行こっか」


 アリコ先生の方から言い出したのだ。けして「どうしても、新発売のドーナツが食べたい」と千尋の顔に書いてあったわけではない。でも、これくらいの不思議さでは驚かないくらい、不思議なことがおこりすぎてはいた。

 その不思議の最初がナナのことなのである。

 アリコ先生は、最後のひとかけらを、お皿におくと、真顔で立ち上がった。


「ちょっと、ついてきて」



「ナナ、ナナ、ちょっと待ってよ、ナナ」


 美咲は、ナナを夕方のお散歩に連れて出ていた。


 家出から帰って、ナナはほんとうにいい子になった。散歩中に他の犬と出くわしても吠えなくなった。わざと道の真ん中でウンコすることもなくなった。むりやり自分の好きな方に引っ張っていくことしなくなった。交差点などにくると、ナナは美咲の顔を見る。そして、美咲が「うん」という顔をするのを確認して進路を決めていた。

 だから美咲は、少し油断していた。直ぐ横を新型のハイブリッドカーが通っていったのに目が取られた。

 美咲のお父さんは、お坊さんなので、檀家周りをするときに便利なように、軽自動車に乗っている。チマちゃんが、図書室の文芸部で「でんでらりゅうば」をやっているのを聞いて、美咲は自分の家の軽自動車を思い出した。「でんでらりゅうば」のCMでやっている、まさに、その車が我が家の車だったのである。

――あんな、ワンボックスのハイブリッドカーなら、家族みんなの他に、千尋や友だちを誘ってドライブができる。湘南の海沿いを、ゆったり江ノ電といっしょに走るのなんかいいなあ、と思ったりしていた。

 で、ナナを繋いでいるリーダーを持つ手が緩んだ。

 ナナは、それを待っていたかのように、美咲の手を離れ駆け出した。


「どこへ行くのよ!?」


 駆け出したといっても、好き放題という感じではなかった。まるで美咲を誘導するように、交差点や、曲がり角に来ると立ち止まり、美咲の姿が見えると「ワン」と吠える。と、言うよりは声を掛けて、先へ行く……。


 気がつくと、町はずれの鎮守の森まで来ていた。


「ここ鎮守さまじゃないの……それも、こんな奥まで」


 ここの鎮守のご神体は、鎮守の森の奥つきにある楠の巨木である。樹齢は千年ちょっとといわれ、伝説では、小野小町が歳をとって、この町にたどり着き、住み着いたところがここになっている。小町は、世界三大美女の一人に数えられているが、その晩年は明らかではない。ただ卒塔婆小町といわれるほどに長生きし、不遇のうちに世を去ったことが、ほぼ定説になっており、京都には「小野小町百歳の像」などと、おぞましげなモノまである。


 ナナは、やっと、そのご神木の根元で立ち止まった。


 クーン……甘えた声で、ナナは美咲を待っていた。

「なによ、もう夕方だよ、たそがれ時だよ。こんな時間に、こんなところで遊ぶのなんてごめんよ……ん?」

 美咲は、周囲に人の気配を感じた。森の中から、数十人の人が美咲を中心に、じわりじわりと寄ってくる。

「なによ、あなたたち!」

 その人の輪は、美咲を囲んで二十メートルほどの円を描いて立ち止まった。

 

 カー!

 

 カラスが一羽、鋭い声を残して飛び去った。美咲を取り巻く人々に驚いたのか、その鳴き声で、みんなが立ち止まったのか、はっきりとしなかったが、美咲が気がつくと、楠の根方に一人の少年がナナを従えて立っていた。


「……卓真君?」


「こんな時間に来てもらってごめんね、美咲ちゃん」

 山田卓真は、ナナの頭を撫でながら、言葉を続けた。

「なに、時間はとらせないから。ほんの五分ほどボクに付き合ってもらいたい」

 卓真の言葉は優しかったが、なにか底知れぬ怖ろしさを感じさせた……。

「い、いったいなによ……」

 美咲の声は、恐れとトゲをを含んでいた。ザっと音がして人の輪が、一回り縮まった。

「シッ」

 卓真が、一声かけると、その人の輪は停止した。よく見ると、その人たちの中には、美咲の知っている人が何人かいた。卓真を学校に連れてきた婦警さん。クラスメートのヨッチン、カナちゃん。コンビニのレジの男の子、道路工事中のガードマンのおじさん。子どもの頃通っていたスイミングスクールのインストラクターのお姉さん……でも、なんか変だ。みんな視線は、美咲に向いているが、どこか虚ろで、リアルではあるんだけど、CGで作ったような違和感がある。インストラクターのお姉さんなんか水着で裸足のままというのも、大いに変だ。

「こいつらは人間じゃない。適合しないんで式神に置き換えてある」

「……なに、それ」

「ボクは式神じゃない。ちゃんとした山田卓真だよ」

「……うそよ。わたしが知っている卓真君とは様子が違う……と、思っていたけど、これで決定的ね」

「フフ、それは誤解だよ。ボクは卓真……ただし、生まれ変わった卓真って言うか、卓真のいいところを引き延ばして置き換えたものだけれどね。卓真であることには違いないよ」

 ザワっと風が吹いて、森の木々といっしょに式神たちがそよいだ。

「やはり、美咲クンはすばらしい。今、木々や式神たちがそよいだのは、キミがおののいたからだよ。やはりキミは、ボク以上の適合者だ」

 ナナが嬉しそうに、シッポを振った。

「ナナも喜んでいるよ」

「……まさか、ナナも!?」

「ナナは実験だったんだよ。上手くいったんで、今度は人間でやることになったんだけど、適合者が少なくてね」

「それで、卓真クンが……?」

「そして、次は美咲クン、キミの番なんだよ……」

 卓真は、そう言うと、小さな鏡を取りだし、美咲に照らした。美咲は、そのバックミラーほどの鏡に写っている自分の姿を見つけた。とたんに、その鏡を中心として、周りの風景が捻られるように歪みはじめた。


「だめ、その鏡を見ちゃ!」


 アリコ先生の声が響いた。

「ア、アリコ先生!?」

 卓真は慌てているようだった。

「そこに居る千尋は……」

「オリジナルよ、わたしは、あいつのような真似はしないわ」

「そんな……話しが違う」

「美咲、離れて!」

 反射的に美咲は、その場を離れ、アリコ先生の方に寄った。

「臨・兵・闘・者・皆・陣・裂・在・前!」

 アリコ先生の裂迫の九字護身法の声がして、雷鳴、閃光が走り、式神たちはボロボロの人型の紙切れになり、卓真とナナは楠に叩きつけられて気絶してしまった。


「先生、これは……」


 千尋も同じ思いだったが、声に出すことはできなかった。

「今おこったことは二人とも忘れてもらうわね。ただ、このことは、これで収まるわけじゃないから、あいつに対する結界を張っておくわね」

 アリコ先生は、そう言うと、二人の頭に手をかざし、素早く呪文を唱えた。



 気づくと、千尋は自分の寝床で目を覚ました。昨日、アリコ先生の肩を揉んで、そのお礼にドーナツをゴチになった……それからの記憶……あるにはあるんだけど、ボンヤリ屋の千尋には、少し不自然なくらいハッキリしていた。ドーナツ屋の前で先生にお別れを言って、帰る道すがら出会った人や車まで覚えている。隣のオバチャンとは、数日後に迫った運動会の話しをした。家の玄関には右足から入り、カバンを持ち替えて、右手でドアを閉めたこと、お母さんが「遅くなるんだったら電話ぐらいしなさい」と、キッチンでぼやいたこと、オジイチャンの皮肉なマナザシ。ま、そんなこともあるか。と、千尋は朝の支度にかかった。


 美咲も同様だった。ナナをいつものように散歩に連れて行って、帰ってきた。もともと記憶力はいいほうなんだけれど、昨日の散歩以後のことには少し違和感があった。

「行ってきまーす」

 玄関を開けると、ナナが目に入った。いつものように「いってらっしゃい」と言うように、行儀良く「ワン」と一声。一瞬「あれ?」と思ったが、通りに出て、少しスピードを出した自転車のチリリンというベルの音を聞いて、身をかわしたら、いつもの美咲に戻っていた。


 ただ、鎮守さまの神主だけが、境内一面に散らかった人型の紙くず掃除に、誰に言うともなく文句を言ってホウキをせわしなく動かしていたのだった……。


 つづく



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