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上からアリコ(^&^)!  作者: 大橋むつお
12/19

12:『なにか、心当たりあるの?』

上からアリコ(^&^)!その十二

『なにか、心当たりあるの?』


「で、その答は?」


 アリコ先生が小首をかしげて聞いた。これカワイイ仕草なんだけど、アリコ先生が本気になったときのクセであることは、この物語の終わりのころに千尋は気づく。


「答は、くちびるです」

「クチビル!?」

 加藤先輩がすっとんきょうな声をあげた。

「大正解!」

 アリコ先生の拍手につられて、部員一同も拍手した。卓真は、シオらしく照れている。こんな卓真を見るのは始めてだった。

「でも、どうしてくちびるなの?」

「え……あ、そんな気がしたんです。なんでだろう、先生の質問を耳にしたら、頭に浮かんできたんです。でも、訳は分かりません」

「……神さまが教えてくれたのかな。ま、いいや。わたしが解説するわね」

 アリコ先生は一瞬眉根を寄せたが、にこやかにあとを続けた。

「千尋、くちびるを付けて『母』って言ってごらん」

「ええ……えと、ママ」

 みんなが笑った。

「もう少しハハて音を意識して、言ってみて」

「えと……ファファ」

「そう、今の千尋の発音が正解。平安時代の人はハ行の発音ができなかった。エ段やイ段も苦手。それはちょっと前の沖縄の方言に残ってた。だから蛇のことを……」

「ハブって言うんですね!」美東先輩が先回りした。

「そう。ま、そんなこんなで、昔のことが分かるわけよ」

 

 文芸部は、こんな調子だった。主にアリコ先生が、文学の裏話的なことを話してくれて、興味を持ったものが作品を読んで感想を言い合う。千尋が一番おもしろかったのは、『走れメロス』の裏話。


 千尋が知っているメロスは、こうだった。

 親友セリヌンティウスのために、メロスは駆けに駆けて、王との約束の時間に間に合い、親友の死刑直前に間に合って帰ってくる。約束と友情の物語。

 だが、この物語のモチーフはとんでもない話しである。

 学生時代の太宰治は、友だちと連れだって、熱海かどこかの温泉宿に居続けでドンチャン騒ぎ。何日目かに、旅館の番頭が「とりあえず、ここまでのお代を……」と頼みに来る。

「よしわかった!」

 みんなが懐をさぐるが、みんなお互いの懐に頼りすぎ、全員のお金を集めても足りない。

 そこで太宰は胸を張る。

「東京に知り合いの偉い先生がいる。その先生にお借りしてくるから、みんな待っていてくれたまえ」

 太宰はたくさんのセリヌンティウスたちを残して東京へ……行ったきり帰ってこなかった。

 残されたセリヌンティウスたちは、宿泊代のために、旅館でこき使われ、やっとの思いで東京に帰ってきて、太宰に詰め寄った。

「津島(太宰の本名)ひどいじゃないか!」

 セリヌンティウスたちの怒りはもっともであるが、このときの太宰の答が、こうだ。

「君たちは、たかが待つ身だったじゃないか。待たせる者の苦悩なんか、わかるもんか!」

 アリコ先生は、話しが上手い。まるでその場にいたかのように話してくれる。メロスはラノベぐらいしか読まない千尋でも小学校で習って知っていた。で、改めて読み直すと、小学校の時の百倍ぐらいおもしろかった。


 その日、クラブが終わった後、千尋だけ残された。


「ごめん、千尋が学校から一番近いから、ちょっと肩もんでくれないかなあ」

「あ……いいですよ」 

 千尋は少しためらって引き受けた、あんまり自信はないのだ。アリコ先生の肩は、本当に凝っていた。特に左の肩が。

「ああ、効く効く~」

「そうですか、家ではヘタクソで通ってるんですよ」

「こういうのにも相性があるんでしょうね」

 アリコ先生に言われて、千尋は自分を見なおすような気になった。

「卓真、ちょっと変だったでしょう」

「え、ええ。先生もそう思います?」

「うん、あれはただの変わりようじゃなかったわ。留置場に来た従姉妹の話も変でしたし」

「そうよね、自分から話しといて、最後は忘れてんだもんね……ウウ、そこそこ、効くう~!」

 窓から、テニス部の声じゃなくて、黄色いチアガールの子たちの声が聞こえてきた。

「運動会、もうすぐですね。今日も部活の前に、体育委員会で打ち合わせやってたんですよ」

「昔は、運動会って秋の行事って決まったもんだったけどね……月日と腹のたつのは早いね」

 アリコ先生は、ギャグを飛ばしながら、年寄りのようなことを言った。

「ねえ、千尋の身の回りで、卓真みたいにゲキカワしちゃった人の話なんか聞いたことない?」

「さあ……あ」

「なにか、心当たりあるの?」

「人じゃないんですけど……」

 千尋は、美咲の家のナナのことを思い出していた……。


 つづく……。 


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