表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
上からアリコ(^&^)!  作者: 大橋むつお
10/19

10:『そんな子、来なかったよ』

上からアリコ(^&^)!その十

『そんな子、来なかったよ』



「わたしが、いてもいいんですか?」


 アリコ先生からの携帯に、千尋はたずねた。


――ええ、本人が、そう言ってるから。じゃ、わたしが、ちょっと話した後で連れていくわね……あ、お祖父さまもご一緒でいいって。じゃあね。

 アリコ先生は、けして大きな声じゃないけど、よく通る。オジイチャンは、アリコ先生の最後の一言を聞き逃さなかった。

「その卓真とかいうのは、どんなやつなんだ……!?」

 興味津々のオジイチャンは、千尋に覆い被さるように聞いてきた。


 五分ほどかけて、事のあらましを伝えたころに、アリコ先生は卓真を連れて戻ってきた。

「まあ、そこに座って」

「まずは、お詫びからです」

 椅子を勧めたアリコ先生に遠慮……したのではなく、卓真は、きっぱりと言った。

「先生にはお詫びしたけど、君達にも迷惑をかけてしまったね。ごめん、誤ります」

 卓真は六十度ほど頭を下げた。

「なかなか礼儀正しい青年じゃないか。千尋の話と、ちと印象が違うなあ」

「オ、オジイチャン!」

 千尋は、あわててオジイチャンの口を封じようとした。

「阿倍野さんのお祖父さんでいらっしゃいますか?」

「そうだよ。これでも若い頃は修羅場をくぐり抜けてきたからね、人を見る目はあるつもりだよ」

「ありがとうございます」

 卓真は、過不足のない礼を言って、うながされた椅子に座った。

 窓からの日差しが良いあんばいに壁に反射して、卓真の横顔を柔らかく際だたせた。それは初対面だと、とても好ましく、自然に見えたが、昨日までの卓真を知っている千尋には奇異に見えた。

「あ……やっぱり変にみえるかなあ、僕?」

「あ……いえ、そ、そんなこと」

 卓真と同じだけの間を空けて、千尋は意味のない返事をした。

「変に見えるよね」

「うん、見える」

 アリコ先生は、そう言いながら、卓真にお茶をいれてやった。

「すみません、藤原先生」

「フフ、昨日までは、アリコって呼び捨てだったのにね」

「それは、もう言わないでくださいよ」

「じゃあ、その変貌のあらましを、千尋にも言ってあげて」


 卓真の話は、なんだか神がかっていた。


 夕べ、祖父が従姉妹を連れて、留置所に面会にきてくれた。従姉妹とは五年ぶりだった。両親を事故で失って、荒れ始めてからは、祖父を除いて相手にしてくれる友だちも、親類さえもいなくなった。この一つ年下の従姉妹も、その一人で、卓真の意識の中では、とうに赤の他人であった。

 それが、祖父の横で、しゃべりはしないが、ニコニコと頬笑み、二人の話を聞いていた。

 面会が終わりに近くなったとき、衣類を差し入れてくれた。

「ケンカして、汗かいてるでしょ。お風呂は無理だろうけど、せめて着替えぐらいと思って」

 そのときの従姉妹の眼差しは、今まで見たこともないような優しさに溢れていた。

「お、おう」

 ぞんざいに返事だけはしておいたが、そんなものに着替える気などサラサラなかった。

 留置所にもどると、なんだか寒気がして、従姉妹の言った通り、ケンカの汗がきいてきたのかと思い、差し入れの衣類に着替えた。少しラベンダーの香りがしたような気がした。そして……眠りに落ちてしまった。

 朝、目覚めると、心がザワザワとしてきた。いや、このザワザワで目が覚めたのかもしれない。最初にやってきたのは、後悔と贖罪の念であった。


――なんてオレは……僕はイヤな奴だったんだろう。


 世界中に謝りたい気持ちになった。

「おまえ、どうしちゃったんだよ……?」

 看守の巡査に声をかけられて、初めて気づいた。制服をちゃんと着て、床の上で正座をしていた。

「俺が、日勤についてから、おまえずっとそうやってるぞ。朝飯食えよ。ほら……」

「ありがとうございます」

 素直に礼を言う自分に、少しだけ驚いたが、直ぐにそれが自然に思えてきた。

 朝食をとるため、差し入れ口まで、立って、ほんの二三歩歩いてみたが足も痺れていない。正座なんて、ここ何年もやったことがないのに……でも。箸を持ったときには自然に納得できた。


 そして、調書をとられたあと、直ぐに保釈になった。


 祖父が迎えにきてくれた。祖父一人だったので、夕べの従姉妹のことを聞いた。

「なに言ってんだ、夕べは俺一人。あの子らはお前のこと毛嫌いしてっから来るわけねえじゃねえか」

「え……」

 刹那、そう思ったが、すぐに「そうだったんだ」と納得していた。

 そして、卓真の説明が終わったあと、千尋は、もう一度聞いてみた。

「で、その従姉妹の子は?」

「え……なんの話?」

「だから、差し入れに来てくれた従姉妹の子ですよ」

「そんな子、来なかったよ」

 オジイチャンといっしょに、千尋は「?」という顔になった。アリコ先生は、平然とした顔をしている。糺すの森のお香の匂いが強くなったような気がした。

「で、保釈になったのに、なんで覆面パトが付いてるんだね」

 警察にはうるさいオジイチャンが聞いた。

「ああ、これから怪我をさせた相手に謝りにいくんです。またケンカになっちゃいけないんで、警察の人が付いてきてくれているんです。じゃあ、これから、そっちの方をまわりますので、これで失礼します」

 そう言うと、卓真は立ち上がり、再び礼をすると部屋を出ていった。

「警察は、これに便乗して、不良グル-プに釘を刺しておくつもりでしょうな……」

 したり顔で、オジイチャンは呟いた。千尋はアリコ先生といっしょに窓から、玄関の車寄せに目をやった。

「あ」

 思わず声が出てしまった。

「千尋も気づいた、あの私服の婦警さん、影が薄いでしょ」

 そう言われれば、中年のオバサン(警察だったんだ)の影は、その側にいる刑事さんの影の半分の濃さも無かった。


 しかし、千尋が声をあげたのは、そのことでは無かった。

 また、チマちゃんのあれが、切れ切れに聞こえてきたからである。


――でんでれりゅうば出てくるばってん、でんでられんけん、出てこんけん……。


 これは、アリコ先生にも聞こえてはいなかったようだ……。


  つづく



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ