__そこは、出口ではありませんでした。
気がつくと、鏡の部屋にいた。ミラーハウス。
どうやらここは、入り口を入ってすぐのところらしい。
ピンクの可愛らしい色をしたドアが、ひとつだけある。
反対側を見ると、先へ繋がる道が、五本あった。
この五本のうちの一本が、出口に繋がっているというもの。
私はそこの、床に寝転がっていた。手をついて、起き上がる。
確か私たちは、廃園となった遊園地に肝試しに来ていたはずだった。
肝試しに来て、それから、ミラーハウスに入ったはずだったのだ。
一面が、鏡だらけ。
全て、一枚一枚が私を写している。
目元までかかる、ぐちゃぐちゃになった黒い髪。
赤いドレスを着ていた。靴まで赤い。
たかが肝試しなのに。
随分と張り切った服を着てきたのね、と思った。
正直、気持ち悪くなりそう。
……私たち。
回りを見回す。自分の他には誰も、いない。
そんなはずはなかった。
__あれ?
私は、誰と来たんだっけ。
みんなで楽しく、ここへはいってきた。
それは誰だっけ……?
それから__
もう、外へ出てしまおうか。そう思ったけれど、足が進まない。
何かに引っ張られるように、私の体は道の向こうへ行きたがっている。
__そうだ。
……私たちはちょうど、五人いた。
誰かの提案で、端から順に入っていこうということになっていたのだ。
それならば、私はどうして、床なんかに寝転がっていたんだろう。
もう一度、五つの入り口を見た。
きっと、みんなはもう、先へ行ってしまったんだ。
ここへ戻されてしまった人たちも、正しいルートを見つけて行ってしまったのだろうか。
「私も、行かなきゃ……」
足を前に出す。
みんなは、どこへ入っていったんだろう。
誰か、私がいないことに気がついたりしているのだろうか。
私は動くままに、歩き出した。
鏡に手をついて歩く。
時々、思いきり顔を鏡にぶつけたりもした。
そのせいか、何だかふらふらする。
足が縺れて転びそうになる。
視界も、ぼやける。
貧血になったときみたいだ。
歩いて歩いて、やっと。
「あ……ついた……?」
広い部屋へ出た。
そこは部屋であって、出口ではなかった。
あれれ、ここの道は外れだったのかな。
__それにしても。
「それにしても、ここは……」
やけに__赤いじゃないか。
壁一面が鏡なのは変わらない。
変わっているのは、その鏡が、なぜか赤いこと。
それは、私のドレスの色と似ていた。
それと。
「あ、あ、あ……」
赤い水溜まりのようになったこの部屋の、
床に転がる、なにか。
それが何か、なぜ、考えてしまったのか。
白いものが浮き出るそれ。
__肉。
人の、肉である。
「あああ、あ、あああああああああ!」
その途端、頭のなかに、まるで水が流れ込んできたかのような感覚がした。
ごぼごぼと溜まって、溢れていく。
*
『うっわ、ここの道外れかよ。戻るのめんどくせー』
『つか行き止まりだったら来た道を戻るとか、どんだけ不便なんだよ。設計おかしいだろ』
『あー、ここってさあ、出たら別人みたいに人が変わってた奴がいたって噂があるらしいぜ』
『あっはは、そんなわけないっての。何言ってんのよ』
『逆にどうしたら別人になれんのか教えてほしーわ。なあ、あ〜か〜り〜?』
『あー、あかりならわかんじゃね? なんかいっつも暗いし、人殺してそーじゃん』
私を見下ろす、ニヤニヤとした、気持ち悪い笑み。
私が生け贄になってから、ずっと見てきた。
『うわっ、確かに。てかさー、何でミラーハウスとか選んだの。めんどくさいんですけどー。あかりの選択外れー』
『た、楽しいかなーって、思ったからです……。みなさんに楽しんでもらえるかなーって』
『ふざけてんじゃねーよ』
お腹に、足が蹴り込まれる。
このグループは、私が何かすると、すぐに怒る。
こうして私を蹴って、平気で笑う。
誰も止めない。
私を蹴ることに参加して、楽しんでいる。
『う、うぅ……』
『一発蹴っただけでしゃがんでやんの。そんな力入れてませんけどー』
見上げる。
もう嫌だ。こんなの、嫌だ。
『私は……みんなと、仲良くしたい、です』
『えー、どうした? 俺ら、すーっごい仲良しだよなあ?』
『じゃあ、どうして……私をこんなに、いじめるん……ですか……』
『あれー、蹴られて頭可笑しくなっちゃったのかなー』
肩にかけていた、ピンクの小さな鞄。
その中へ、私は手をいれた。
握りやすいそれを探り当てると、鞄から引き抜く。
『っえ……は、おい、なんだよそれ』
『これで、みんなと、仲良くなります……いつもみんな、大きな声を出しているから。静かに、話し合わないと……』
その後は、あまりよく覚えていない。
手に何回も、押し込むような手応えを感じて。
*
首の切られた長い髪のおんな。
そいつの体は、その近くで力なく倒れて。
手と足をバラバラにされたおとこ。
体は、ただの長方形のようだ。
体のいろいろなところに穴を開けたおんな。
まあるく切った肉は、料理の材料のようにまとめて側へ置かれている。
真ん中で、縦に真っ二つにされたおとこ。
左右でそれぞれに、表情が違う。
四つの、死体。
全員、思い出した。
全員、私を。
私を、いじめていたやつらだ。
私は、たまたま生け贄になっただけだった。
毎日毎日、嫌なことをさせられて。
水をかけられて。給食はまるで犬のように、ひとつのお皿にまとめて出されて食べた。
蹴られて、蹴られて__
そんなことをしてきたのは、こいつらじゃないか。
床も壁も赤い。
やったのは、私。
「ワタシ」
奥へ歩いていく。
赤く色がついたそれを、手で拭った。
目の前に写るそいつは、ワタシ、なのでしょうか。
顔が蒼白く、まるで私が……死んでいるようだ。
相変わらず、服は、赤い。
これは、ドレスなんかじゃなかった。
赤い靴は、お洒落のためなんかじゃなかった。
全部全部。
この人たちの血を浴びた、制服。ローファー。
スカートの裾を触ると、重くて、ベタベタとした感覚があった。
強く握ると、ぺちゃ、という音がした。
見ると、握ったそこから、赤いものが滴り落ちている。
足を動かすと、ぴちゃぴちゃと足元で音がする。
床に、赤い水が溜まっている。
血というのは、こんなに沢山あるのか。
気持ちいいほどに、真っ赤だ。
更に、そばに転がるポンプと、注射器。
*
そうだ。
あのあと、思い付いたんだ。
__いつか、この人たちを、殺そうと思っていた。
どうやって殺そうか。
油をまいて焼くか。それは、大袈裟すぎるかな。
そうして、いつでも殺せるように鞄に入れておいたもの。
ポンプ。小型の容器に入った油もあったけれど、使わなかった。
それと、何か変なものを入れられるようにと持っていた、注射器。
正直、使い道はないかもしれないな、と思っていたけれど。
床に溜まる血を見て、それを、飲んでみたいと、思った。
みんなの、血。
これを私のなかにいれたら、どうなるだろう。
代わりに私の血は、みんなにあげよう。
みんなで、仲良くなろう。
*
__ああこれは。
コレは、ワタシじゃない。
今ワタシの中を流れているものは。
ここに眠っている四人のもの。
ワタシのものは、みんなにあげた。
そうすれば、仲良くなれると思ったから。
何で? そんなものわからない。
ワタシがみんなになれば、みんなの気持ちが、少しわかる気がして__
私はここで。
みんなを、殺してしまった。
__もう、帰らなきゃ
もと来た道を戻っていく。
また何回も、思いきり頭をぶつけてしまった。
ピンクのドアを開ける。
ワタシは、私じゃない。
ワタシがいるここは、どこだろう。
__ワタシは、誰なんだろう。
最後までお付き合い下さり有り難うございます(
書いている途中で自分でもよくわからないような内容になってしまいました(゜ρ゜)