第98話 チャンス
「よし、こっちだな」
薬草の群生地を探すべく立ち止まっていたシャーロットが歩き出す。
俺も持っていた小石をズボンのポケットにしまい後をついていく。焦ることはない、チャンスは必ずあるはずだ。
チャンスなんて無かったよ……ズンズン進んでいくシャーロットの後を見失わないように後を追うのが精一杯だった。
森の中だし当然道なんてない。アチコチに木の根があって足元を見ながらでないとすぐに躓くし、かといって下ばかり向いていると彼女を見失ってしまう。
『概観視』を使えば足元に注意を払いつつ後を追う事も可能だが、それでは直ぐに頭が痛くなってくる。
じゃあ立ち止まった時に狙えばいいのかというと、そんなチャンスもなかった。こっちを見ていないはずなのに、俺がポケットに手を突っ込んだだけで視線を感じるので止めておいた。
なんだかんだで一時間ぐらいは歩ったかな。急に視界が開けたので森を抜けたのかと思ったけど、どうやら群生地にあたったようだ。
群生地はそこそこ大きい沼の周りに広がっており、これなら薬草三十束は達成できるどころか、それ以上集めることも可能だろう。
「よし、サッサと集めよう。ショータはそっちを回ってくれ」
「あぁ、分かった」
手分けして薬草を集め始める。変な中腰になる高さなので微妙に腰にクる。
時々伸びをしながら辺りを見回す。シャーロットの方も順調に毟っているようで、この調子なら日が落ちる前に戻れそうだ。
……よしこれで十五束目だ。一旦合流して数を確認するか。余分に採る必要もないだろうしな。
「おーい、こっちは十五束集まったぞー。そっちはどんな感じだー?」
「ん? おお、ちょっと待ってろ……」
どうやら彼女は適当に袋に入れてたらしく、バサバサと袋から取り出し山積みにしていく。ちゃんと束ねとけよ。
仕方ないので俺も十枚一束にするのを手伝う。ひーふーみー……よしシャーロットの方も十五束は集めてたようだな。多少の余分も安くはなるが買い取ってくれるんだから良しとしよう。自分用に持っておいてもいいしな。
太陽を見れば大分低い。もう少しすれば森の木に隠れるだろう。急いで帰らないと。
パンパンとズボンを叩きながら立ち上がったのに、シャーロットに手を引かれ倒れてしまう。
「何をす――」
「し、黙ってろ!」
騒ぐ俺の口を押え、草むらに押し倒される。まさかのアオ〇ン? いや、彼女の目は俺を見ていない。彼女の視線の先を追えば、沼から何かが顔を出している所だった。
ザバァーッと沼から出てきたのはトロールという魔物らしい。肌は灰色で、身長はバスケットゴールより高い位?
腕や足はその体格に見合った太さだが、ムキムキというよりはダルンダルンで、格闘家より力士の方が似合ってる。まぁ頭はツルッパゲだからマゲは結えないだろうがね。
身に着けているのは右手の棍棒と腰蓑ぐらい。魔物は発生した時から装備を身に着けているのか。生まれた時は全裸な人間とは大違いだな。
そのトロールとやらが沼から完全に上がったかと思ったら、そのまま沼の方を向いて座り込んでいる。耳を澄ませばゼーハーゼーハーと荒い呼吸音がしている。どうやら溺れかけてたらしい。
「これほどの群生地の割に魔力溜まりの渦が見つからないと思ってたら、沼の中にあったとはな」
なるほど、ヤツは魔力溜まりから生まれたはいいけど、生まれた場所が沼の中だった為、危うく溺れかけたってことか。
……魔力溜まりも、もうちょっと考えて産み出せよな。魚とか半魚人とか人魚とかいるだろうに。
「で、あのトロールはどうするんだ? まさかこのまま見過ごすつもりはないんだろ?」
「そうだな。町に向かえば大きな被害になる。生まれたばかりなら討伐も容易だろう」
「わかった。俺は背後から近付いてみる。フォローを頼む」
「あぁ、待て! ショータには荷が……」
何か言ってたようだが、息を荒げている今がチャンスなんだ。サッサと後ろをとるべく『隠密』を使いながら草むらを駆けていく。




