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第888話 雑巾がけ

「ふっ、勝ったわ」


 長廊下の端っこで勝ち誇るクレア。

 馬鹿な! 身体強化にスターティングブロックまで使った俺が負けただと!?

 しかも概観視も使ってスタートダッシュまで決めていたのに、なぜだ!?


 いや、確かにクレアのスタートダッシュは早かった。

 スターター役のベルとの阿吽の呼吸というかツーカーの間からゆえか、ベルの「………… !」の合図にフライングすることなく、スタートを切ったのだからな。

 ベルが振り下ろす手が止まるのを確認してからスタートした俺に比べれば、はるかに速い反応だろう。


 だが、俺だって自称『雑巾がけのスピードスター』だ。

 二十歳に戻った肉体も相まって、本気を出せばすぐに逆転出来た。

 すぐにクレアが謎の加速をして再度逆転されたがな。


 あの謎の加速は一体何だったのだろう?

 プライドのない俺は今後の対策の為にも、聞いておくことにした。


「あぁ、あの事? あれは『追い風』の魔法よ。普通は矢を遠くに飛ばしたりするのに使うんだけど、自分に使えば少しだけ早く走れるようになるわ」


 なるほど……クレアは身体強化の魔法は覚えていないと思っていたのだが、彼女は代わりの魔法を使って加速したようだ。

 ルール的には、相手を妨害する魔法がダメなだけで、自分に追い風を吹かせる魔法は問題ない。

 これが俺にまで風が吹いていた、とかなら審議になるんだろうけど。


 しかし、多少風が吹いたぐらいで、あれだけの加速が得られるものなのだろうか。

 疑問に思う俺だが、彼女が雑巾がけした跡を見て、その答えを得た。


 水だ。


 クレアが雑巾がけしたところだけ、びっちゃびちゃになっている。

 碌に絞らずに雑巾がけすると、水のおかげで廊下との摩擦力が低下し、その結果すべりやすくなる。

 そこに『追い風』の魔法がかかれば、急激な加速を得ることは可能だろう。


 しかし、そうなると新たな疑問が浮かんでくる。

 たしかスタート前にチラ見したクレアの雑巾は、きちんと絞られていたように見えた。

 少なくとも、こんなびっちゃびちゃになるほど水浸しになってはいなかったはず。

 いつの間にすり替えたのだろう?


 …………なるほど。便利魔法か。

 クレアのヤツ、スタート前に俺がちょっと下がった時、こっそり『飲み水』の便利魔法を使ったのだ。

 この『飲み水』の魔法は、発動するとおおよそコップ一杯分ぐらいの水を生み出すが、その水は手のひらから生み出される。

 それを利用し、雑巾に多量の水分を含ませたのだ。


 くっ、『追い風』の魔法は無理だが『飲み水』の便利魔法なら俺だって使える。

 なのに『雑巾に水を含ませる』なんて発想は無かった。

 この点に関しては、素直に脱帽しよう。


 もっとも、雑巾がけ勝負に勝利したのは俺だがな。


 クレアは勝ちを意識するあまり、大切な事を忘れていたのだ。

 その結果、ヤツは自らの魔法で墓穴を掘り、反則負けとなった。


 なお、物言いをつけたのは俺ではない。ベルだ。

 彼女は俺とクレアの雑巾がけした跡を見比べ、軍配を俺に上げた。


 そう、この勝負はあくまでも雑巾がけの速さを競うレース。

 速いことはもちろんだが、雑巾がけが出来ていなければ、その速さは無意味。

 廊下を綺麗にする……それこそが雑巾がけの大前提であり、びっちゃびちゃにしては雑巾がけの意味が失われるのだ。


「納得いかないわ! こうなったらベルとも勝負しなさい!」

「…………!?」


 ベルが「え? なんで?」って顔でビックリしている。

 雑巾がけレースのスターター役にされただけでも驚きなのに、更にレースに参加させられるとは思ってもいなかったようだ。


「ベル。アタシの敵討ちは任せたわよ!」

「……………………!」


 優しい性格の彼女の事だ。

 訓練とかで戦うならともかく、こんな勝負はしたくないのが本音なのかもしれん。

 だが、彼女はしばらく悩んだ後、首を縦に振った。


 勝負すべき時は退かずに戦う。

 獣人の……いや、人としての闘争本能ゆえか、あるいは単にクレアを諦めさせることを諦めたのか。

 もしくは「どうでもいいから、さっさと掃除を終わらせよう」とでも思ったのか。

 とにかく、彼女はスタートラインに立った。

 まぁ雑巾がけなんで、厳密には『しゃがんだ』だろうけど。


「用意はいいわね? じゃあ、よーい……ドン! って、ショータ! 何、ボーっとしてんのよ!」


 え? あ、あぁ、そうだな。

 ベルが隣にしゃがみこむと、それに従ってベルの大福スライムさんも重力に従い、その存在感を跳ね上げたのだ。

 クレアでは到底成し得ない光景に、つい概観視全開で見入ってしまったのである。


 慌ててダッシュをかけるが、時すでに遅し。

 俺が廊下の半ばを雑巾がけするころには、ベルはゴールに到達していた。


 くそっ、あんな光景が拝めると知っていれば、意地でも並走しただろう。

 スタート時にかがんだだけでも存在感マシマシだったのだ。

 雑巾がけしている最中であれば、躍動感あふれる大福スライムさんを拝めたのは間違いない。

 俺は適当な理由(難くせとも言う)をつけ、やり直しを要求するのだった。

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