第829話 託されたモノ
迷い人であったリョーマさんが残してくれた宝の地図に記されていたのは、なんと温泉の在りかだった。
温泉の情報はユノテル村に行かないと詳しくは出てこないと思っていた。
しかも在るのか無いのかすら怪しく、場合によっては探索に何日も時間がかかるかも……とも。
だけど、こうして詳しい場所の情報が得られるのであれば、なんともありがたいことである。
「あれ? この手紙、まだ続きがあるみたいっスよ?」
……ほんとだ。えーっと、なになに?
『このあぶり出しに気付けた、俺と同じような時代から来た迷い人の君に一つ頼みたいことがある――』
ってなんだこれ?
白紙部分に現れた温泉の在り処を示す地図には、地図以外にも何やら書き込みがあった。
どうやらこの地図と引き換えに、あるレシピを完成して欲しいらしい。
いや、正しくは彼が途中まで作り上げたレシピを引き継いで完成して欲しいようだ。
「うーん……多分っスけどコレ、あのスープカレーモドキのレシピだと思うっス。アレ君が教えてくれたスパイスが何個かあるっス」
アレ君って誰だよ。
ちゃんとアレク君って呼んでやれよ。
まぁそれよりも――
「スープカレーモドキ? スープカレーってあの店のヤツだろ? なんでそのレシピがここに?」
「なんでって……そりゃあの露店出してたのがギャル……なんとか商会だからっスよ」
「へぇー」
どうやら俺達と別行動でスパイスを探すことになったシュリ達は、スパイスを探す前にまず例のスープカレーの屋台に向かったらしい。
そこでクレアのヤツが、大胆にもレシピの公開を迫ったらしい。
アレク君がスパイスの解析をするよりも、そっちの方が手っ取り早いし楽だから……なんだとか。
つーか、行列を作ってるような店でそんな事するなよ……ただの営業妨害だろうが。
当然のごとくレシピ公開は駄目だと言われたようだが、それでもクレアは食い下がった。
彼女の妙な交渉術が発揮されたのか、あるいは屋台の店主が根負けしたのか。
とにかくクレア達はあの屋台の出店者が、実はギャルバリン商会だという事を聞き出した。
で、その商会でレシピを教えて貰おうってことになり、向かった先でシュリが見覚えのある焼き印を見つけて、あとは俺の知る通り、と。
そんな事があったらしい。
「つまり、色々あったっスけど、見事スパイス探しの任務は果たせたっス」
「……見事かどうかは疑問だけどな」
まぁそれでもスープカレーのレシピは分かったし、おまけに温泉の場所も分かった。
そう考えれば万々歳とも言えるだろう。
……手紙にあった最後の一文が無ければ、だが。
『カレーのレシピが完成したら、ギャルバリン商会にもレシピを公開して欲しい』
手紙の最期にはそう記されていた。
向こうの世界の、それも日本式のカレーを正しく知る者は、彼と同じ迷い人しかいない。
俺達だけが、彼の望んたカレーを完成させることが出来るってことだ。
それが彼の最期の願いであり、家族へ残せる財産でもある、と。
もっとも日本式カレーがどの程度売れるかは、捕らぬ狸の皮算用ってヤツだが。
それでもスープカレーの売れ行きや、シャーロットやガロンさん達がレトルトカレーを食べた様子を見る限り、早々外れてはいないだろう。
そうして完成したカレーのレシピを以って、ギャルバリン商会は益々の発展を遂げる予定だったのかね。
「えーっと、要は温泉に入りたければカレーを完成させろ、って事っスか?」
「そんなところだな。ま、カレーの方はあくまでも『お願い』であって、強制ではないみたいだけど」
ぶっちゃけ、この地図は見なかった事にして、たまたま温泉を見つけた事にしたっていい。
もちろんスープカレーのレシピも、アレク君が頑張れば解析出来るだろうし。
あくまでこの地図は発見や完成までの近道を教えてくれているに過ぎないのだ。
ただ、レシピの公開は『商会にも』とあったので、俺達がレシピの持ち主で良い様だし、ここまで来たら乗り掛かった舟って気分でもある。
このまま無視することは出来ないよな。
「アレク君。ちょっと頼まれてもらえるか?」
「ハイ! もちろん!」
うむ、いい返事だ。
さっそくレシピを元に、足りなそうなスパイスを買いに走り出していった。
きっとアレク君なら日本式カレーを完成させる事だろう。
ただ、そんなに一生懸命になって研究する必要も無いからね。
カレーは好きだけど、毎回毎食カレーだとお互いしんどいだろうし。
手紙には期限とかまでは書かれていなかったし、ノンビリやっていこうぜ。




