第827話 墓参り
迷い人にだけ分かる様な焼き印を記しているギャルバリン商会。
その罠にも思える『誘い』に、俺はのってみることにした。
町のド真ん中で店を構える商店が、白昼堂々人さらいなんぞする筈もないだろうし。
それでも初めはクレア達に偵察してもらったけどな。
クレアとアレク君とベルの三人に、何も知らないふりして焼き印の意味を聞いてもらったのだ。
この世界の、それもこの国の住人である彼らなら、そう怪しまれる事も無いだろう。
クレアが焼き印の事を若い――たぶん今の俺とそう変わらないぐらいか――店員に聞いている。
店員さんもクレアもハキハキした声なので、ちょっと離れた所で様子見している俺達にも話している内容は分かった。
ふんふん……どうやらクレアと話している店員さんがこの店の主である息子さんのようだ。
大店……とまではいかずとも結構繁盛している店の店主が、クレアのような一見の客それも買うのかどうかも分からんヤツにもキチンと説明している辺りは好感が持てるな。
隣にいるナナさんに言わせれば「代替わりしたてだし、ああやって自分の顔を売っておかないと、後々苦労するのよねぇ」らしいので、内心は嫌々なのかもしれんが。
内心はともかく、素人目には誠実に答えてくれた内容からすると、焼き印の目的は同郷の人を探したかっただけで、罠とかそういった目的は無い様だ。
その店主さんは父親からの寝物語として何度か聞いた話を、クレア達とこっそり聞いている俺達に教えてくれた。
迷い込んでしまったこの世界で、ひっそりと生きていた事。
争いごとが嫌いな人だったらしく、特に目立つような事もなく行商人として各地を転々としていたようだ。
まぁ魔物は普通に跋扈しているような世界での行商人なんで、それなりには戦えてたみたいだけど。
本当か嘘かは分からんが、若い頃には盗賊団を一人で壊滅したことがあったらしいし。
争いが嫌い設定はどこに置いてきたのだろうか。
そうやって各地を渡り歩いていた彼だが、最終的にはこの町に落ち着くことになった。
店主は微妙に言葉を濁してはいたが、どうやらこの商店の跡取り娘に色んな意味で美味しく頂かれたっぽい。
そりゃ両親の馴れ初めなんぞを息子である自分の口からは言いにくいわな。
この町に腰を落ち着けはしたが、米と醤油への欲求は落ち着かなかったらしく、ギャルバリン商会の伝手も使って探していたらしい。
けど目的のブツは見つかる事は無く、代わりに良質な香辛料の仕入れ先ばかりが見つかっていく。
日々集まる香辛料を前に、彼は一計を案じた。
それが例の焼き印らしい。
香辛料が詰まった筒に付けられたあの焼き印を見れば、迷い人であれば必ず接触してくるはず。
その中には米や醤油に関する情報なりスキルを持っているかもしれない。
何十年も探して探して探して、それでも見つからなかった彼は、同じ迷い人が持つであろうチートスキルに最後の望みを託したのだ。
「結局、父の探している方は現れる事は無く、流行り病で死んでしまったんですけどね……」
そう言ってうつむく店主の顔はここからでは見えなかったが、どんな顔をしているかは何となく想像がついた。
「ナナさん……ちょっと聞きたいことがあるんですけど……」
「いいわよー。なんでも聞いて頂戴。なんなら主人のヘソクリの在処だって教えちゃうわよー」
あのオッサンてば大商店の支部長のくせに、ヘソクリなんてしてんのか。
しかも奥さんはソレをバッチリ把握してるとか。
でも聞きたい事はそんなどうでもいいヤツではない。
俺が知りたかったのは……
「これで良かったんスかね……」
「さぁ……どうなんだろうな……」
共同墓地からの帰り道。俺とシュリは同郷であった故人に思いをはせる。
墓碑に刻まれた名前を見る限り、婿入りして家名はこちら風にはなっていたが、名前の方はモロに日本人だったからな。
「ま、本人が欲しがっていた米と醤油を供えて来たし、多少は供養になったんじゃないかな」
「だといいっスねぇ……」
こっちの作法はよく分からんので、俺の知るお墓参りの作法に則ってやっておいた。
簡単に言えば線香代わりに米を供え、墓石に醤油をかけておいた。
映画とかじゃ墓石にお酒をかけたりしてるので、さほど外れてはいないと思う。
もし化けて出てくるようなら、本人に米と醤油を渡して成仏してもらえばいいし。
この世界で仏さまになれるのかは知らんけど。
……って、シャーロットさん? 突然立ち止まってどうした?
なに? そこに誰かいるの?
「あ、あの……父のお客様ですよね?」
「イエ、ヒトチガイデス」
現れたのはギャルバリン商会の若き店主さんだった。
まさか現れるとは思ってもいなかったせいか、つい白を切ってしまった。
「嘘です! さっき父の墓で何かやってたのを見てましたよ!」
「えーっと……その……お父上には生前、お世話になっていたもので」
嘘に嘘を積み重ねてしまうが、迷い人の事も米と醤油の出所も言えない。
とにかく白を切り通して切り抜けるしかないのだ。
「……まぁいいです。とりあえずコレを受け取ってください」
「だから……これは?」
「父が生前、『自分のところに来た人に渡す』と言っていた物です」
「……そうですか」
受け取るべきか、否か。
白を切り通すなら受け取るべきではない。
だけど、この世界でたった一人で生きて来た彼の気持ちを思えば、これは受け取る以外に無い。
「ありがとう……ございます」
深々と頭を下げる息子さん。
俺からはその表情を見る事は出来ないが、彼がどんな顔をしているかは何となく想像がついた。
きっとこの空のように、晴れ晴れとした顔になっているに違いない。




