第814話 対戦モード
「やぁ!」
気合と共に振り下ろされるショートソード。
いつもなら大盾を使って受け止めるであろうソレを、バックステップで躱す。
そして、その空いたスペースを利用して踏み込み、その巨体で体当たりをぶちかます。
彼女の質量があれば、成人男性にしては少々小柄な少年など、ひとたまりも無いだろう。
「…………!」
今度はこちらの番だ! といわんばかりの突撃。
振り下ろしたショートソードを戻し防御しようとするが、そのままの体勢では一手遅い。
あわや交通事故発生か? と思った瞬間、ショートソードを手放し突進してくる彼女の肩に手を置くと、そのままトンボを切るように飛び越える。
おぉ! なんか闘牛士っぽい! 飛び越えたのは牛じゃなくて熊っ娘だけど。
「ほう……中々思い切った判断だな」
「やるっスねぇ。アレって結構タイミングがシビアっスよね?」
「いや、それよりもトンボ切ってる方がスゲェ気がする」
昨日までの彼に、あんな身体能力は無かったはず。
この一晩で一体彼に何があったのだろうか。
「何言ってるの? あれぐらい、アレクなら出来てたわよ?」
「え? そうなのか?」
「なんか村で遊んでる時にちょっと流行った事があったのよ」
「あー……うん、何となくわかる」
なんだろう、跳び箱とかって何故かカッコよく飛び越えたくなるよな。
あんな風にトンボ切ったりするヤツは珍しかったけど。
レベルやステータスのある世界ともなると、子供のうちからでも身体能力が高かったりするのかね。
「でも、アレクが飛び越えられるのは止まってる岩ぐらいよ。ベルのあの突進をかわせたのは、ちょっとおかしいわね」
「アレじゃないっスか? 向こうもあたし達みたいに、対戦モードで散々タイミングを計るチャンスがあったんじゃないっスか?」
「あーそうね。確かにあり得るわね」
おいおい……なんか二人で納得してるみたいだけど、こっちの二人はサッパリなんだが?
何だよ、対戦モードって。ちょっと気になるじゃんかよ。
隣にいるシャーロットも「なんだそれは?」って顔してるし。
「お? なんか気になっちゃったっスか?」
「そんな風に勿体つけられたら、気にならないモノも気になってくるな」
「どうしよっかなー。うーん……どうしても知りたいっスか?」
ニヨニヨしながら聞いてくる。
ウゼェ。とりあえずそのニヨニヨ面をぶん殴りたい。
一応は女なんで、そんな事はしないけど。
あっ、代わりにロケットさんでも揉みしだけばいいのか。
では早速……と手をワキワキしたところで、ピシリと鞘付きの剣で叩かれる。
はいはい、遊んでないでちゃんと聞けってことね。
「そうだな。是非とも知りたいな」
「そうっスねー。あ、ショータさん。重要な情報の提供者って、大抵見返りがあるっスよね?」
そういって指で〇を作ってくる。
マジでウゼェ。このまま放り出して、出禁にしてやりたくなるな。
元勇者の彼女をうっかり放流してしまうと、色々面倒になるだろうから出来ないけど。
まぁコイツの事だから、単にお小遣い欲しさにやってるのだろう。
なんだかんだで、彼女の自由になる金はほとんどないままだからな。
渋々ながらマジックバックに手を突っ込み、銀貨を取り出し――
「じゃあ教えてくれ」
――その銀貨をクレアに渡す。
渡された本人は戸惑いながらもそのままポケットに銀貨を仕舞う。
よし、契約成立だな。
二人の会話からすればクレアも同じ情報を持ってるに違いない。
ならばわざわざムカつくシュリから聞かずとも、クレアから聞けば済む話だ。
ま、その銀貨の最終的な行先までは分からんけどな。
「ショータはアタシ達が寝た部屋の機能っていうのは分かってるわよね?」
「あぁ、たしか二人共『睡眠学習(魔法)』だろ?」
「その睡眠学習なんだけどね――」
これまで何度も居室を使っているからか、クレア達も睡眠学習の使い方や有用性については理解していた。
そこで眠りに入ったクレアは、いつもの様に魔法の練習を始めた。
ところが今回に限っては何か様子がおかしかったらしい。
気が付くと夢の中にシュリが出て来たんだとか。
初めはお互いがお互いの事を、自分の夢の中の登場人物だと思っていたのだが、どうにも様子がおかしい。
しばらく……と言っても夢の中なのでどれぐらいの時間が経過したかは不明だが、とにかく話し合った結果、これはお互いの夢が繋がっている状態だと結論付けた。
そうして二人が次はどうするか話し合っていると、『ROUND 1』なんて文字が現れる。
クレアは何の事だかサッパリだったのだが、シュリは向こうの世界を知っているからその文字が持つ意味に察しがついたらしい。
彼女はいきなり自分の左腕にエアハンマーをぶっ放すと、何かを確かめるように腕を動かしたり手をグーパーとしてみる。
『あー、なるほど。痛みはないけど何となくダメージを受けた感があるっスね。それと服とかは破けないみたいっスから、その辺も心配しなくて良さそうっス』
そう呟いたシュリは、おもむろにクレアに向けて手のひらを向け、エアハンマーを解き放つ。
突然の出来事に彼女の思考は付いて来れず、無防備に吹き飛ばされてしまうが、もちろん痛みはない。
せいぜい急な不意打ちに驚いたぐらいだ。
『これはいわゆる対戦モードってヤツっス。夢の中なんで、手加減とかMPとか全然気にしないで、遠慮なくぶっ放せるヤツっス』
良くは分からないけど、たぶん今まで現れて来た訓練用のモンスターがシュリに置き換わったということだろうか。
なるほど、モンスターと人では対処の仕方がまるで違う。
対人戦の経験を積むには持って来いの環境なのかもしれない。
「――そう判断したアタシ達はMPやダメージを気にせず、魔法を打ち合ったのよ」
「そ、そうか……」
「で、アタシ達にもあったんだから、似た様な状況だったアレク君達にも同じことが起きてたんじゃないかと思った訳よ」
「確かにあり得るな」
どうやらウチの船は、戦闘や魔法を教えてくれるだけでなく、リアル格ゲーも出来るらしい。




