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第811話 ドアを隔てた攻防

「朝だ!!」


 ガバッとベッドから跳ね起きる。

 なんでだろう? やけに体の調子がいい様な気がする。

 昨日まであった疲労感とか倦怠感がスッキリ洗い流されたような、そんな感じだ。

 昨日、一昨日と慣れない人足仕事で結構疲れてた筈なんだけどな。


 いや、『なんでだろう?』じゃないな。

 この絶好調感は間違いなくこの部屋が持つ『ヒーリングルーム』の効果だよな。

 でなきゃ俺が寝ている間に、怪しいオクスリを施されたかだ。

 もっとも、こんなに調子が良過ぎると、ある意味怪しいオクスリ以上のドーピングだろうがね。


 しかしながら、この世界にドーピング検査なんて無い。

 そもそも競技に参加する訳じゃないんだから、ドーピングしてようが関係ないよな。

 強いて言うならドーピングしたことで後々に影響が出ないかな? ぐらいだろうか。

 まぁ前回この部屋に泊まった時も特に影響はなかったし、きっと健全(?)なドーピングなんだろう。


「ま、健全だろうと不健全だろうと、この絶好調さならどっちでもいいか。今なら地獄の特訓だってウェルカムな気分だぜ」

「ほう、そうか。ならば今日のメニューはもう一段階厳しくするとしよう」


 ハイテンションなままドアを開けると、そこにはニッコリと笑う悪魔がいた。


「…………」

「…………」


 慌ててドアに体当たりをかけ、強引に閉めようとする。

 クソッ! シャーロットのヤロウ、ドアの隙間に足を入れてやがった!

 こうなってしまうと完全に閉める事が出来ない。

 ならば挟まれている足目掛けてストンピングだ!


 勢いよく振り下ろさる俺の足。

 しかし足の裏から伝わるのは、ガツっとまるで石を踏んだような感触。


「生憎と、つま先部分は鉄板を仕込んである。お前の体重程度ではビクともしないぞ」


 安全靴か!

 おおかた迷い人の入れ知恵だろう。

 そういえば俺の靴も同じように鉄板が仕込んであったな。


 ガツガツと踏みつけてみるが、隙間から覗く彼女を見る限り大したダメージにはなっていない。

 逆に隙間から手を伸ばし、俺を捕まえようとしてくる始末。

 不味い、このままではジリ貧だ。


 俺はストンピングからトゥキック……つまりつま先蹴りに切り替える。

 狙うは彼女のつま先。このまま玉突き事故の要領で彼女のつま先を押し出すのだ。


 ガッガッとつま先同士がぶつかる度、彼女の足がじりじりと押し出されていく。

 いいぞ、このまま押し出してしまえば俺の勝ちだ。


「なるほど。中々いい攻めだ……が、やはりまだまだ甘い」

「何を戯言を。悔しまぎれのハッタリか? そら、もうすぐお前の足が外れるぞ」

「そう………かっ!」


 トドメの一撃、とばかりに足を振りかぶった瞬間。

 ドアが勢いよく押し開けられ、俺の体はゴロゴロと吹き飛ばされる。

 バカな!? ヤツは亀のように耐えるだけしか出来なかったのではないのか?


「ハッ! 魔法か? 魔法で吹き飛ばされたのか?!」


 そうだった。向こうの世界であれば、強引なセールスマンを撃退するなら、つま先攻撃だけでも十分だっが、こっちの世界は魔法もある。

 あの状態からでも俺を吹き飛ばすぐらい、余裕で出来るんだった。


「たしかに魔法でも吹き飛ばすことは可能だが、さっきのは違う」

「……と言うと?」

「先ほど、お前は足を振りかぶっただろう?」

「……あぁ」

「その瞬間、お前は片足だけでドアを押さえていたことになる。そんな中途半端な押さえ方では、ちょっと勢いよく体当たりをかければ……結果は見ての通り、ということだ」

「……なるほど」


 ぐうの音も出ないとはこの事なんだろう。

 俺はシャーロットのつま先を押し出すことを優先するあまり、ドアを押さえるという第一目標を忘れてしまっていたのだ。

 その隙をつかれ、こんな無様な姿を晒してしまったということか。


「だが、あの状態では他にどうしようも無かっただろ」


 あの状態ではいずれ手や肩まで押し入られ、最終的には同じことになっただろう。

 せいぜい、こうして床に転がっているか否かの差ぐらいじゃないかな。


「いや、ああして蹴ってくる事自体は悪くなかったと思うぞ。ただ狙う場所がマズかっただけだ」

「狙う場所?」

「あぁ、つま先を蹴ってくるなら踏ん張っていればいいし、何度も蹴られていればタイミングも掴みやすい」

「なるほど。振りかぶらなくても、いずれは同じように吹き飛ばせたって事か」

「あぁ。だからあの場合は何度も蹴らず、一撃で仕留めることが肝心だったのだ」

「いや、一撃は無理じゃね?」

「そうでもないぞ? なんなら試してみるか? そうだな……この一撃に耐えられたら朝練は免除してやろう」

「ほう……いいだろう。やってやろうじゃねぇか」


 そうか、なんで朝っぱらから彼女が俺のところに来ていたのかと思ってたら、朝練の呼び出しだったか。

 起き上がり、シャーロットと攻守を交代した俺は、廊下に出ると足先をドアの間に挟み準備完了。

 あとは彼女の猛攻を踏ん張って耐えるだけだ。


「用意はいいようだな?」

「あぁ、いつでも来い」

「では、いくぞ」


 俺は挟まれたつま先に全体重をかけ、その瞬間を待つ。

 そしてシャーロットは足を振りかぶると……


 ――ガッ!


「――――!!!!!」


 全身を駆け巡る衝撃と痛み。

 あまりの痛さに挟んでいた足を引き抜き、脛を押さえたままゴロゴロと悶絶する。

 このバカ、よりによってつま先じゃなくて弁慶の泣き所を蹴りやがった!

 こんなとこ蹴られたら、誰だってドアを押さえるどころじゃないわ!


「どうだ? 見事、一撃で立ち退かせたぞ?」


 いや、フフン顔で褐色スライムさんを見せつける前に、魔法で回復してくれよ。

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