第802話 着水
「よーし、減速帆だけ残して、後は全部畳んじまえ!」
「アイサー!」
船長さんの合図に慌ただしさを増す甲板。
それに合わせるように飛行エンジンの出力が落とされ、目に見えて高度が下がっていく。
その行きつく先は三日月状の湖だ。
いよいよ着陸、いや着水の瞬間がやってくる。
風に乗ったままの勢いで着水しては船体が持たないらしく、加速用の帆は全て畳まれ減速用の帆に暴風石からの風が当てられている。
相変わらず、作用反作用の法則はガン無視のようだ。
「そろそろか? よし、今度は『凧』を広げろ!」
「アイサー! っと、ちょっとそこ邪魔だよ! どいてくれ!!」
「あ? あぁすみません」
慌ただしく走り回る船員たちを邪魔しては、と船尾の方で見学していたのだが、ここでも邪魔だったらしい。
俺達が椅子の代わりにしていた木箱に船員が取り付くと、何やら畳まれた布を取り出し、そのまま後方へと放り投げる。
すわ、不法投棄か?!
と思ったのもつかの間、直ぐにその正体を悟る。
「なるほど、パラシュートか」
「ぱら……? いや、アレは減速するための凧だな。ああして広げる事で風を受け、船の速度を落とすのだ」
「あぁ、ドラッグシュートの方か」
普通の飛空艇にも乗った経験を持つシャーロットが布の正体を教えてくれた。
パラシュートとドラッグシュートの違いはよく分からん。
空から落ちる時に使うのがパラシュートで、ドラッグレースの減速用に使うのがドラッグシュートだと思っているけど、たぶん違うんだろうな。
ドラッグシュートが開かれたことで、ガクンと速度が下がる。
それはあたかも電車が停止しようとしたような、そんな速度変化。
とっさに手すりに掴まらなければ、無様に転倒していた事だろう。
あ、手摺じゃなくシャーロットの褐色スライムさんに掴まればよかったのか?
そんな考えが一瞬頭をよぎるが、直ぐに振り払う。
転倒は防げたとしても、その後シャーロットの手により、船の外へ放り出されるだろうしな。
変なラッキースケベなんて狙わない方がいい。
「よーし、いいぞ。離せ!」
「アイサー!」
てっきりそのまま停止するまで減速させるのかと思っていたが、そこそこのスピードを残した辺りでドラッグシュートを繋いでいたヒモの半分が離される。
こうすることで凧状になって風を受けていた布が、完全に風を受け流すようになる。
「切り離したりはしないのか?」
「着水する度にか? そんな無駄な事はしないだろう」
なるほど。確かに減速する度にドラッグシュートを切り離したのでは、布がいくつあっても足りないよな。
ああして片側だけ離せば減速は止まるし、回収もしやすいか。
船が減速すると共に高度はどんどん下がっていき、いよいよ水面と船底が接触する。
ザッザッザバーーーンと水しぶきが上がり、それが抵抗となって更に船は減速していく。
さすがは何度も離着水を繰り返しているプロ達だけあって、見事なランディングだ。
あれ? ランディングって着陸って意味だよな? 着水の場合は何て言うんだっけ?
たしかパイロットになりたくてチョットだけ勉強した時、それも覚えたような。
えーっと……すぷ……すぷ……そうだ! スプラッシュだ! スプラッシュマウ、もといスプラッシュダウンだったはず。
まぁ言語理解さんのお陰で、着水だろうとスプラッシュダウンだろうと同じに伝わるから、どっちでもいいっちゃどっちでもいいんだけど。
「よし! 後はいつものところに行くだけだ! テメーら、最後まで気を抜くなよ!!」
「アイアイサー!」
着水したことで、周りの船員たちにホッとした空気が流れる。
やはり飛空艇乗りとはいえ、地に足が付いていないのは不安だったのだろうか。
そんな弛緩しかけた空気は船長さんの一喝で引き締め直される。
その見事な統率力は、俺も同じ飛空艇船長として是非とも見習いたいものである。
程よい行き足をつけて着水した船は、ゆったりとした速度で水面を進み、やがて大きな町が見えてくる。
あの町こそがヘルガナだろう。
違う町だったら何で降りたんだ? って話になるし。
ただちょっと気になったのは、港っぽい所が無い点か。
もちろん湖に面してるだけあって漁業用の船は何艘か係留されてはいるが、この船がつけられそうな桟橋のようなモノは無い。
大型船の場合、乗り降りは小型艇でってパターンがあるが、これもそのパターンなのだろうか?
そうなると荷下ろしは面倒そうだよなぁ。
別に荷下ろしまでは承ってはいないのだが、先程まで人足仕事をやっていたせいか、そんな心配をしてしまう。
だが俺の心配をよそに、船は町を通り過ぎてしまう。
あれ? この町がヘルガナじゃないのか?




