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第794話 一難去ってまた一難

 よし、港で見つけた腹ペコ少年ソンウー君にジャグリングでも教えてみるか。

 その辺で拾える石ころでのお手玉なら、元手もタダだしな。


「という事で、シュリ君。あとは頼んだよ」

「何が『という事で』なのかサッパリっスけど、要はお手玉を披露すればいいワケっスね?」


 話は見えずともやるべきことは分かってくれたようだ。

 シュリはマジックバックに偽装した革袋に手を突っ込むと、自身のアイテムボックスに仕舞っておいたお手玉を数個取り出すと、「一番初めは一の宮~」と数え歌を歌いながらお手玉を始める。


 数え歌はディルマでやっていた時には無かったな。

 彼女もやっているうちにふと思い出したらしい。

 ただ、数え歌はいいんだけど、日光東照宮とか善光寺はこっちでは通用しないんじゃないかね。


 ひょいひょいと華麗にお手玉をしつつ数え歌を十まで歌い上げフィニッシュ。

 相変わらず見事な腕前である。

 本来、この様なサボりを注意するべきサンドロさんまで拍手をしているほどだ。

 ソンウー少年は言わずもがな。

 なぜか集まって来た他の人足共まで拍手してるし、シュリのお手玉には何か人を引き付ける効果でもあるのだろうか。

 普通の反応だったのは、俺達見慣れている組ぐらいだったな。


 ただ失敗だったのはおひねり用の鍋を置かなかった事か。

 これではただ単に芸を披露しただけで、お手玉が大道芸として稼ぎになるようには出来なかったのだ。

 まぁソンウー少年にジャグリングというものを見せる事が目的だったからな。

 大道芸の可能性に関しては後々教えていけばいいだろう。


 そう、後々だ。

 俺達が王都に来た目的は、書類を届ける事と温泉の情報を手に入れる事。

 そのどちらも既に果たされているし、温泉は逃げたりしない。

 むしろもっと王都に長居して、なんとかという飛空艇を狙うヤツがマウルーからいなくなるのを待っていなくてはならないからな。

 その間にソンウー少年に芸を仕込んで独り立ち出来るようにするのも面白いかもしれん。


「ま、その前に俺達のお仕事が先だけどな」

「そうだな。こっちもちょっと予定が変わっちまったからな。悪いがあのガキの事は後回しにしてくれ」


 シュリのお手玉ジャグリングを披露した後、そのままソンウー少年の指導に移ろうとしたところでサンドロさんの待ったがかかった。

 そもそも俺達だって人足の仕事をしている真っ最中だ。

 シュリのお手玉ぐらいまでなら休憩時間のレクリエーションとして目をつぶって貰えただろうが、さらにジャグリングの指導を始めてしまうのは明らかにダメだろう。

 元社会人としても、それ位の分別は持っている。






 さて、人足仕事を再開するにあたって困った事が一つ、いや二つ発生した。


 一つはもちろんソンウー少年の事。

 冒険者になれる年齢でない彼は、このまま俺達のパーティーに入って人足仕事の手伝いを……とはいかないため、未だ不法侵入者のままだ。

 再三になるが、警備員兼監督のサンドロさんとしては、そのまま放置できる状態ではない。


 とりあえず腹も落ち着いたようだし妙なことを考えたりはしないだろう、という事でソンウー少年は倉庫街の外へと連れ出されることになった。

 彼には後で合流しやすいよう『猫じゃらし亭』の場所を教え、店主であるシャノワさん達への手紙を持たせておいた。

 手紙には俺達が迎えに行くまで彼の面倒を見ておいて欲しいことが書いてあるため、無下にはされないだろう。


 ソーセージスタッファーと食品サンプル、あとホットドッグのアイディアと、散々恩を売っておいたからな。

 彼女達なら、今日一日ぐらいなら面倒を見てくれるはず。

 一瞬、このまま彼をシャノワさん達に押し付けようかと思ったのは内緒だ。


 ソンウー少年のほうはひとまず大丈夫だろうが、問題はもう一つのほうだ。

 先程、サンドロさんが戻って来た時、彼が渋い顔をしていたのもソレが原因だ。


 なんでも飛空艇の出航が早まったらしい。

 今日中に荷積みを終わらせ、明日の朝一に出航する予定だったのを、今日の夕方に早められたんだとか。

 どう考えても無茶苦茶なスケジュール変更である。

 だったらあんな休憩時間を取ってる場合じゃないと思うんだけど、そこはまぁ今更だろう。


 だが、「そうしなければこの商会が潰れてしまう」と言われてしまえば、断る事も逃げ出すこともできない。

 何が起こったのか下っ端の俺には分からんが、サンドロさんが真剣な表情で頭を下げて来たしな。


 幸い、荷積みのペースはかなり早く、何事もなければ夕刻になる前には完了していたほどだ。

 ここから更にちょっと無理をすれば何とか間に合わせることが出来る筈。


 俺達はサンドロさんに報酬アップを約束させ、気合を入れて荷積みを再開させるのだった。

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