第792話 ソンウー
――ガツガツ ガツガツ
もっしゃもっしゃと飲み込まれていくホットドッグ。
カレーは飲み物とはよく聞くが、コイツにとってはホットドッグも飲み物のようだ。
シャーロットとサンドロさんが倉庫の隙間から捕まえて来たのは、厳重警戒区域に侵入したコソ泥……ではなく小汚い子供だった。
サンドロさんの話ではスラムの子供らしい。
スラム――いわゆる貧民街か……人の集まりやすい王都だけあって、そういった闇の部分も抱えているんだな。
いや、俺が気付かなかっただけで、マウルーや魔王国の首都であるディルマにだってあったんだろう。
光がある所には闇が生まれる。
今日をしのぐ飯すら得られない命が、次々と生まれては消えていっているのだろうか。
そんな感傷にひたったせいか、つい目の前のガキンチョのお腹がグーグー鳴っているのを見て、つい「お腹が減ってるのか?」と聞いてしまった。
返答はもちろん「YES!」。
ここまで問答してしまった以上、「やっぱ無し」にする訳にもいかず、俺達用として用意されていた昼食をガキンチョに回すことにした。
が、俺達六人プラスサンドロさんの分の昼食を一人で平らげたガキンチョは、それでもまだ足りなかったようだった。
グーと少しだけ鳴りを潜めたお腹を押さえつつ某CMに出演していたチワワのような目で訴えて来た。
……ここまで来たらもう後には引けない。
虎の子だったホットドッグ(夜食用)も大放出してしまったのである。
ちなみに保管してくれていたシャーロットさんは、恨みがましそうな目で俺を一睨みした後、盛大な溜息と共にホットドッグを巾着袋から出してくれた。
スマンな。この埋め合わせは今夜の寝室使用権(俺付き)で勘弁してくれ。
それにこの子供、よくよく見たらギルドに向かう途中、馬車に轢かれそうになっていたガキンチョなんだよ。
お前だって、折角助けたガキンチョが明日にでも冷たくなっていたら嫌だろ?
だからそういう事で、な? 俺付きで我慢してくれ。
山盛り、という程でもないがそれなりにあった筈のホットドックは、最後の一つもガキンチョの口に呑み込まれていった。
正直、この細い体の何処に仕舞う場所があったのか謎なほどである。
碌に食っていなかったのなら、胃は小さくなるモノなんじゃなかったか?
それでもまだ足りないのか、ジーっと俺を見つめるガキンチョ。
だがお腹の虫が鳴くことは無いため、これ以上の提供は無しとしよう。
とりあえずの危機は脱出したと思っていいだろうしな。
「さて……お腹も落ち着いたところで色々と尋ねたいのだが、いいかな?」
ジーっと俺を見つめても食事が出てこない事を悟ったのか、ガキンチョは小さく頷く。
「とりあえず、名前は?」
「……ソ……ソンウー」
「ソソンウー?」
「違う、ソンウー。みんなからはソンって呼ばれてる」
ソン……ソンね。
一瞬、あまりの食べっぷりに某龍の球の孫悟空かと思ったぜ。
そういや孫悟空も中国読みじゃソンウーコンだったか……何か繋がりでもあるんかね。
とりあえずガキンチョのちゃんとした名前はソンウーらしいので、ソンとは呼ばない事にする。
呼んだら最後、またお腹の虫が鳴り響きそうだからな。
で、そのソンウー少年だが、サンドロさんの予想通りスラムの住人らしい。
普段は残飯を漁ったり、グレーゾーンに近いアレコレをしたりして生き延びていたのだが、ここ何日かマトモな食事もできずにいたらしい。
空腹のあまり意識がもうろうとし、馬車に突っ込みそうになったんだとか。
「いくら腹が減ったからって、馬車は食えんぞ?」
「違うよ。あの時は、もうどうでもいいや……って気持ちになっちゃってたんだ。それに馬車に轢かれても、運が良ければ暫く面倒見てもらえるって聞いたことがあったんだよ」
「当たり屋か! お前みたいなガキンチョが馬車に突っ込んだところで、跳ね飛ばされてくたばるが関の山だろ」
「そう……だよね……あの時、風が吹かなければ、そうなってたよね……」
その時の恐怖を思い出したのか、ブルっと身震いするソンウー少年。
シャーロットの放った風により正気を取り戻した彼は、そのまま逃げ去ったが相変わらず腹の虫はグーグー鳴りやまない。
フラフラする体をなんとか騙し歩いていると、港の倉庫街の塀に小さな穴が開いているのを見つける。
倉庫街なら食料品の荷もあるはずと直感したソンウー君は、最後の力を振り絞って穴を広げ倉庫街へと侵入を果たす。
よっしゃー! と喜び勇んだ彼だったが、港の方に出た途端にシャーロット達に掴まり、現在に至る……と。
そこまで聞いたサンドロさんは、すぐさま立ち上がり倉庫と倉庫の隙間へと消えていった。
きっとガキンチョが広げた穴を塞ぎに行ったのだろう。
それはそれで大事な事だと思うが、ソンウー少年の処遇はどうすりゃいいんだ?




