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第785話 シズル感

「さて、人足仕事もあることだし、ササッと終わらせるか」


 食品サンプルを作る第一段階であるスキャニング。

 これは対象を3Dスキャナーに乗せて『ポチッとな』するだけでいいのですぐに終わる。

 まぁスキャニングの度にMPは要求されるけど。


 で、スキャンで取り込んだソーセージの3Dモデルがウィンドウに表示されているのだが、ちょっとコレはイマイチだな。

 なんというか、普通にソーセージを盛っただけなので、あまり美味しそうに見えない。

 これをそのままプリントアウトしたところで、食品サンプルとしての効果は今一つだろう。


「これはフードコーディネーター・ショータの出番だな」


 もちろん自称である。

 フードコーディネーターなんて職業はこの世界にある筈もなく、とうぜん資格を認定する試験もない。

 試験すら無いのであれば、これはもう言った者勝ちってヤツだろう。


「こっちか? いや、こっちの方がいいか?」


 ソーセージの盛り付けを色々と試してみる。

 乱雑に置いてみたり、あるいは綺麗に盛ってみたり。

 少しカーブを描いているのを活かして、〇を描いてみたり。


「もうちょい短ければ、丸の中に顔が描けるな」


 程よくカーブしているソーセージを使えば目と口を描けそうだが、そうしようとすると全体のサイズが大きくなり、そのぶん使うソーセージが増えてしまう。

 一皿当たりのソーセージの本数は決まっているため、顔を描くためだけに勝手に本数を増やすのはマズかろう。

 いくら「食品サンプル(コレ)はイメージであり、実際の商品とは異なります」と言い張っていても、目に見えて本数が違えばクレームの元になるからな。


「ま、無難な感じにしておくか」


 ソーセージは櫛状に並べ、一本だけパキッとへし折って断面を見せる。

 どうせなら断面からしたたる、いわゆるシズル感のある脂まで表現できればいいんだけど、流石にそこまでの演出は難しいよなぁ。


 いや、脂はすぐに滴り落ちてしまうけど、別の滴りにくいもので代用すればいいんじゃないのか?

 例えばそうだな……透明でトロっとしたモノを断面から滴らせれば、それっぽくなるんじゃないかな。

 所詮、食品サンプルは見せる為の、いや魅せる為のアイテムだし、実際に口に入れる訳では無いのだから、何を使ってもOKな筈だ。


 とはいえ、そんなトロっと感のある液体が、そう都合よく出てくるワケもない。

 ここは3D工房であって、料理を撮影するフードスタジオではないからな。

 あるとすれば、せいぜいマジックバッグに入っていた片栗粉と、便利魔法で出せる水ぐらいだろう。

 ……餡かけっぽいのが作れるな。


 ちょっと滴る感じが出せればいいので、片栗粉も水もそんなに必要無い。

 テーブルに少しだけ出した片栗粉に水をちょっとづつ混ぜてみたのだが、中々トロミがつかない。

 片栗粉の量が足りないのだろうか……と片栗粉を増やしていくが何か様子が違う。


 どうしたもんかと少し悩んだが、どこからともなく「加熱が足りていない」と囁く声が聞こえた気がした。

 おぉ! これぞ天啓を得た、とばかりにナイフの上に水溶き片栗粉を乗せると、『点火』の魔法で炙ってみる。

 ちょっと炙り時間が長すぎて焦げたりもしたが、どうにかそれっぽいトロミが作り出せた。


 丁度良さそうな粘度の餡かけ作りに成功すると、早速ソイツをソーセージの断面になすり付けてみる。

 あまりなすり付けても逆に不自然な感じになるので、丁度いい分量を見極めるのがポイントだな。


 いい感じの量の餡かけ付きソーセージをソーっと皿に盛り付ける。

 おぉ! これはいかにも美味そうに見えて来たな。

 即座にスキャンをし直す。


 いつもの様に魔法陣がせり上がっていき、スキャンが完了した旨がウィンドウに表示される。

 うむ、やはりこっちの方が美味しそうだな。

 前のスキャンデータは破棄して、こっちの方をプリントアウトする事にする。


「お? 成形時間十分? 随分短いな」


 表示された成形時間の予想値に、おもわず声が出てしまう。

 ベルの創造神の木像で数時間……厳密には四時間ぐらいだったかな。

 ソーセージスタッファーだとMP消費による時短を使っても約十時間前後はかかっていた。


 なのにソーセージの場合だと僅か十分で出来るとか、MP1を時短コストとして支払えば今すぐ完成させることも出来るからな。

 つい声が出てしまうのも致し方あるまい。


 だが、なんでこんな違いが出るのだろうか?

 大きさ? 精度? いや違う。


「……高さか?」


 創造神像にしろスタッファーにしろ、ある程度高さのある代物だった。

 逆にソーセージの盛られた皿は、たぶん五センチにも満たない。

 3Dプリンターの成形方法は下の部分から徐々に積み上げていくので、高さがあればその分時間がかかるからな。

 低い方がすぐに成形出来るのは当然か。


「ま、時間が短く済むならどうでもいいな。それより材料材料っと……」


 投入口にソーセージを入れようとして、はたと気付く。

 ソーセージの食品サンプルを作るのにソーセージを材料にしたら意味無くね? と。


 食品サンプルの最重要ポイントは、長期に渡ってその姿を保持し続ける事だ。

 実物ではすぐに痛んでしまうからこそ、ロウやシリコンなどといった痛まない材料で作るのだからな。

 なのにソーセージを現材料にしたら無意味以外の何物でも無い。


 しかも皿に盛られた形で一体成形するから、当然皿までソーセージ製になってしまう。

 スルメで作ったおちょこは意味があって作られているけど、ソーセージで作った皿は使い道は皆無だろう。

 そもそもケース詰めにしているからソーセージなのであって、ケースに詰められていない状態ではソーセージ製では無く単なる生肉で出来た食品サンプルだよな。


「危ない危ない。危うく訳の分からんモンを作る所だったな」


 俺は投入しようとしたソーセージをテーブルに置くと、成形する材料を選ぶ事にする。

 3Dプリンターの材料はMPさえ支払えば供給されるからな。

 そういった項目も落ち着いてちゃんと探せば出てくるのだ。


「木か石か……ま、支払うMPは一緒だし、木でいいか」

「ふむ、石であれば私の魔法で出せるぞ? 魔力を温存するならそっちにした方がいいのではないか?」

「温存……そうだよな。この後人足仕事もあるんだから、MPは温存したほうが……って、シャーロット?!」


 振り向けばいつの間にかシャーロットがいた。

 え? なんで? 確か部屋のカギは掛けたはずだよな?

19/03/23

餡かけを作る際、加熱する描写を追加。

ご指摘感謝。

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