第767話 双生児
シャーロットの魔王騙りに気付いてしまった俺だったが、彼女の名誉(?)を守るためにも気づいていないフリをしておいてやろう。
もっとも、彼女が偉そうにウンチクを語り出したら、ついつい生暖かい目で見そうだけどな。
そんな事を考えているうちに、お城から立ち上がった光の柱が消えていく。
結構長い間あったように見えたけど、実際は一分にも満たない時間だったな。
消えてしまった光の柱と共に、周りの野次馬達も元の場所へと戻っていく。
あと何分もしないうちに元の街並みを取り戻すことだろう。
というか、なんで誰も騒がないんだ?
王様の住む城から光の柱が立ち上がるなんて、メチャメチャ怪奇現象だろうに、もうすでに何事もなかったかのように振る舞っている。
それはまるで何かに操られているかのような、あるいは記憶から消し去られたような。
ひょっとして、あの光の柱に人々の関心を薄れさせるような、そんな効果でもあったのか?
そんな疑問すら湧いて来る。
だがそうなると何で俺は覚えているんだ? もしかして迷い人補正?
称号には持っているだけで効果があるモノもあるって、以前シャーロットが言っていた。
俺が持っている『巨人殺し』の称号も、持っているだけで成長補正やら攻撃力アップの効果があるらしい……正直、体感したことは無いけどな。
そんな称号効果的なモノが、迷い人の称号にもあったりするのか?
……いやいや、まさかね。
もし仮にあったとしても、「召喚された時の光の柱に惑わされない」って、物凄くピンポイントすぎる効果だろ。
こんな効果が付くぐらいなら、もっとマシな別の効果をつけて欲しいものである。
まぁいいや。
光の柱に対する反応は気になるところだが、それを気にしたところで何が起こるわけでもない。
あとはせいぜい、勇者とやらが召喚されたっぽいから関わらないようにしよう、と思うぐらいだ。
それだって俺から何ができるわけでもない。
むしろ妙なフラグを立てないようにしておくべき……関わらないようにってのがフラグになってそうだ。
まぁそんな事よりメシの方が大事。
シャーロットに促され、今度こそ俺達は『猫じゃらし亭』に入っていくのだった。
「よし、じゃあカンパーイ!」
ガツンガツンと八つの陶器製ジョッキが打ち鳴らされる。
ジョッキの中身はエールが五のジュースが三。
この分だけはサンドロさんの奢りである。
もちろん飲み物以外にもテーブルには食べ物が幾つか並べられている。
何かの串焼きに野菜炒め、魚の干物を炙ったモノやジャガバターっぽいモノまで。
テーブルの上に所狭しと並べられている。
そんな中、やはり気になるのはコイツだろう。
俺はエールもそこそこに、ソイツにブスリとフォークを突き立てる。
プツン、という小気味いい音と共にフォークが突き刺さると、そこから肉汁があふれ出す。
あぁ、もう。これだけで美味そうだと分かる。
たまらずソイツを口に入れる。
大ぶりなため、ボキンと折るような食べ方だが、ソレもまた良し。
あぁ、アツアツの肉汁が口いっぱいに広がる。
それをエールで流し込めばもう……。
「どうだ? 気に入っただろ? ここの名物『ソーセージ』は」
「えぇ、そりゃあもう」
何の肉だか分からんが、たぶん豚系の肉だろう。
皮からあふれる肉汁が最高です。
茹でたてアツアツを食べるだけでも美味しいのに、エールとの合わせ技があれば何本、何杯でもいけそうだ。
「ショータさん、ショータさん。ちょっとお願いがあるっスよ」
「ん? なんだ? このソーセージはやらんぞ?」
「そうじゃなくて、アレを出して欲しいっス」
「アレ?」
「そう、アレっス。ソーセージにぴったりの赤いアレっス」
「アレか! そうだな。こいつにはアレが無いとな」
マジックバッグから小ぶりのツボを取り出すと、スプーンで一匙ほどソーセージの皿の脇に掬い取る。
そうだよな、ソーセージと言えばコイツが付き物だよな。
俺とシュリは迷うことなくソレをソーセージにつけてかぶり付く。
「なぁ、その赤いのって何なんだ?」
俺達の様子が気になったのか、スタニスさんを口説いていたサンドロさんが聞いてくる。
「これか? これはとある村で作っているソースの一つ。その名も『トマトケチャップ』だ」
「とまと……」
「……けちゃっぷ?」
スタニスさんとサンドロさんが、オウム返しに聞き返す。
まぁ説明するより食べてもらった方が早いか。
俺は二人にもケチャップを勧めてみる。
「ふーん、酸味がソーセージにマッチしてて美味いな」
「えぇ、それにこの赤みが食欲をそそりますね」
どうやら王都在住の二人の口にも合ったようだ。
瞬く間にケチャップとソーセージが消費されていく。
「うーん……こりゃあ……」
追加で頼んだソーセージを前に、サンドロさんが何やらうなり声をあげる。
「なぁ、このけちゃっぷだったか? コイツはどこかの村で作ってるんだったよな?」
「えぇ、そうですよ」
厳密には『作り始めている』だし、それすらも確認できてないけどな。
「その村ってのは教えて貰えたりするのか?」
「えーっと……」
改めてサンドロさんを見る。
そこにいるのは俺達の仕事を監督していた警備員でもなければ、受付嬢をナンパしているチャラ男でもない。
このケチャップに商機を嗅ぎつけた、一人の商人がそこに居た。




