第758話 荷運び
「あれが飛空艇かー」
三本マストを目印にそちらの方に向かい歩いていく。
すると木製の塀が現れ、今度はその塀に沿って歩くと先程の警備員さんがいた。
……え? 何で? なんでさっき別れたばかりの警備員さんが、俺の行く先に現れるんだ?
「ん? あぁもしかして入り口のところにいた奴だと思ってるのか?」
俺が戸惑っているのに気付いたのだろう。
機先を制すように警備員さんが話しかけてくれた。
訳が分からないが、とりあえず頷いてみる。
「そんなに似ているか?」
「その言い方ですと、別人なんですか?」
「あぁ、勿論。別人も別人。赤の他人よ」
世の中には似た顔の人が三人はいると言うけど、それにしてもよく似て……あれ? いないな。
遠目からはソックリに見えたけど、よくよく見たら別人だな。
背格好やら服装が同じだったせいで同一人物に見えたけど、ちゃんと見直したら違う人だと分かる。
まるで某顎の尖ったギャンブラーが主人公の漫画に出てくる黒服みたいだ。
あの黒服もよく見ればちゃんと描き分けられたっけ。
そんなどうでもいいことを考えつつ、警備員さんに依頼票を渡す。
「おー、もう来てくれたのか。流石冒険者ギルド。仕事が早いね」
依頼票を受け取った警備員さんに、そのままついて来るように言われる。
言われた通り、ゾロゾロと塀で囲われた区画内に入っていく俺達。
どうでもいい事かもしれなけど、警備員さんよ……アンタ、あの場所に居なきゃならんのじゃないのか?
どうみたって区画の入り口を担当していたんだろうに、勝手に離れていいのか?
すぐに代わりの人間が入るから大丈夫? ……ならいいんだけど。
ほう、それが応援を呼ぶ魔道具ですか。
ボタン一つで周りにいる警備員が集まってくる?
へぇー随分便利な魔道具があるんだね。
「普通のところなら呼び笛なんだけど、ここの区画だけは特別なんだよ……コイツがあるからね」
そういって警備員さんが指さすのは三本マストの船。
全長は……多分ダンデライオン号と同じぐらいか、それよりちょっとデカいかな?
ただ全高は帆がある分、ダンデライオン号よりもはるかに高い。
これこそがフベルトゥス商会が所有する飛空艇、その名も『フベルトゥス号』である。
王都の名前といい飛空艇の名前といい、この国の人達は同じ名前を付けたがる風習でもあるだろうか。
「飛空艇がある分、警戒が厳重って事ですか」
「あぁ、俺達はこの『呼び笛の魔道具』で呼び出されない限り、自分の担当を離れたりしないのさ」
なんでも以前は普通の呼び笛で警備していたらしいんだけど、他の区画での陽動に騙され飛空艇を奪われそうになったんだとか。
そういった反省を踏まえ、警備員の担当する範囲が切り離されたそうだ。
やっぱり飛空艇ってのは狙われやすいんだな。
そんな事を考えながら警備員さんについて行くと、倉庫の一角にある小屋に案内される。
どうやら警備員さん達の詰所らしい。
そこで互いの自己紹介と荷運びに当たっての諸注意を教えてもらう。
「ショータ、シャーロット、シュリ、アレク、ベル、クレアの六人だね。僕はサンドロ。君たちの監督を務める事になる。今日一日だけど、よろしく頼むよ。じゃあ注意事項を教えていくよ。まずは……」
「よーし、すこし休憩しようか」
「はー……い」
サンドロさんが休憩を告げに来る。
やっと休憩時間になったか。
既にこの時点で疲労困憊なんだが、太陽の位置からするとお昼にすらなっていない。
こんなペースで今日一日持つのだろうか。
正直、荷運びの人足なんてマジックバッグがあるから楽勝だと思っていた。
どんなに荷物があっても、俺、シャーロット、クレアが持つマジックバッグに加え、シュリの基本パックスキルであるアイテムボックスもある。
一度の収納では無理でも、船からの荷下ろしなんだから、何度か往復すればすぐに終わると思ってすらいた。
誤算だった。
この手の人足仕事において重要なのは、荷を運ぶ能力ではなく荷を持ち出さない信用だった。
その為にわざわざ星三という就労制限まで付けているほどだからな。
なので中身の様子が全く分からなくなるマジックバッグの類いは、人足仕事において御法度にも等しい代物だとサンドロさんが教えてくれた。
俺達は船の船倉から樽やら木箱やらを運び出すよう指示されたが、マジックバッグの使用を禁じられているため、運ぶのは全て人力だった。
荷は非常に重く、身体強化の魔法が無ければとっくの昔にへばっていたことだろう。
とはいえこれほど便利な代物が全く使われていない訳でもない。
人足仕事においては御法度になるマジックバッグだが、人足以外の人間であれば使用は問題ないらしい。
俺達が苦労して運んだ荷物を、いかにも商人っぽい服装をした人が袋にポイポイ詰めて去ってく光景が何度かあった。
羨ましかった。
俺達もマジックバッグが使えれば、こんな苦労をしなくて済むのに。
「マジックバッグの使用許可があるのは商会の人間だけだからねぇ。君達も商会に入るかい? マジックバッグ持ちなら歓迎されると思うよ」
サンドロさんも商会の人間らしく、マジックバッグ持ちの俺達を勧誘してくる。
が、勿論答えはNOだ。
フベルトゥス商会は王都でも有数の商会らしいが、俺達は冒険者であって商人ではない。
俺のスキルを思えば商人向きな気はするけどな。
「そうかい。残念だけど仕方ないか。嫌がる人間を誘っても、お互いの為にならないしね……さて、休憩時間は終わりだ。お昼までもう少し頑張ってもらうよ」
「へーい」
やれやれ。楽しい楽しい荷運びの時間か。
せめてクレーンでも使えれば楽なんだけどなぁ……




