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第756話 王都ギルドでの一幕

「ちょっと確認したいのですが、こちらに火山の情報ってありますか?」

「火山……ですか? あぁ、それならユノテル村の近くのヘカテウス火山の事でしょうか?」


 ヘカテウス……メルタさんに聞いた火山も、そんな名前だった気がする。

 村の名前もユノテルと一致しているしな。

 こっちは『湯の出る』と覚えていたので間違いない。


「そこって温泉……温かいお湯が湧いているって噂とか、ありませんか?」

「温泉……ですか? そういえば……」


 と、なにか考え込むような仕草をする受付嬢のスタニスさん。

 が、すぐに何やら笑みを浮かべる。

 それはいつものゼロ円スマイルではなく、いいこと思いついた的な笑みのようにも見えた。


「そういった情報の開示ですと、星一の方には難しいですね」

「嘘だ! 絶対、この依頼を受けさせるために、今思いついた方便だろ!」

「人聞きの悪いことを言わないでください。当ギルドの方針で、前々からその様に決まっていましたよ? 嘘だと思うのなら、他のギルド員に聞いても構いません」


 どうみても嘘にしか思えないのだが、こうも自信満々に言い切られると「ひょっとして……」と思ってしまいそうになる。

 周りにいた職員たちを見るが、皆一様に「その通りです」とばかりに頷いている。

 何人かはニヤリと先程のスタニスさんと同じ笑みに見えるけどな。

 これは確認しようとしたところで、彼女を支持する答えしか返ってこなそうだ。





「ではこちらが依頼票になります。港の入り口にいる警備員に渡してください」

「……分かりました」


 結局、俺達は依頼を受けることにした。

 荷物運びは大変そうだが、やはり一日で星三になれるメリットは捨てがたい。

 なにより、温泉の情報を得るためには、星一のままでは無理みたいだからな。


 依頼票を手にクレア達のところで戻る際、後ろでスタニスさんが何やらガッツポーズをしているように見えたのは気のせいだろう。

 ましてや「うっかりキャパオーバーな依頼を受けちゃったけど、万事オッケーね」とか言ってるのも、きっと空耳に違いない。


 そうか……そんな裏事情があったから、彼女はこの依頼を受けさせようとしてたんだな。

 まぁ受けてしまった以上は依頼はきちんとこなすのだが、ちょっとモヤっとした気分になる。


 これはもう、依頼を即行で終わらせサッサと星三になり、彼女に温泉の情報を根掘り葉掘りしつこい位に聞くしかないな。

 そうやって聞きまくり、彼女が「もう勘弁してください」と涙ながらに謝る事で、きっとこのモヤモヤは晴れる事だろう。


「遅かったわね。何か問題でも……これは、人足の依頼?」

「あぁ、この依頼と引き換えに、王都でも星三扱いにしてくれるんだってさ」

「星三ね……まぁいいわ。ならちゃっちゃと終わらせましょう」


 クレア達に先程受け取ったばかりの依頼票を見せ、この依頼を受けた事情を説明する。

 俺と依頼票を一瞥したクレアは、仕方ないわね……と大袈裟な溜息を一つ付くと、依頼票を手に先頭を切って歩きだす。

 どうやら彼女達も一緒に依頼をこなしてくれるようである。


 依頼に人数制限はなかったし、『パレシャード』としてではなく『白銀の旅団』として受けているので、彼女達も参加するのは問題ない。

 ただ力仕事の依頼だし、もしかしたら別行動になるのかな……と思っていたのだが、どうやら杞憂だったようだ。


「どうしたの? サッサとこないと、置いていくわよ」


 クレアがギルドの入り口で振り返る。

 おいおい、そんなところでそんな事をしたら、周りに迷惑だぞ?


「すみません。中に入りたいので、ちょっと避けて頂けますか?」

「あ、はい。ごめんなさい」


 案の定、入れ違いに入ろうとしてきた人の邪魔になってるし。

 全く、周りをよく見てから行動してもらいたいものだ。


 ……あれ? 今入って来た人に、なんか見覚えがある様な。

 ちょと気になったので、概観視を使って入って来た人を観察する。

 直接見たりしないのは、ジロジロ見て因縁つけられたら困るからである。


 入って来た人の印象は、一言でいえば『普通』。二言でいえば『めっちゃフツー』。

 それぐらいどこにでもいそうな平凡な顔立ちの男だ。

 装備も皮鎧にショートソードと、いかにも一般的な冒険者な出で立ちだ。

 多分町中で見かけたら、すぐに忘れてしまう、そんな奴だ。


 って、こんな人物評、前にもしなかったっけ?

 なんかそんな記憶がかすかにあるけど、どこでそんな人物評をしたのか思い出せない。

 まぁ忘れてるって事は、大した事じゃないんだろう……多分。

 俺の記憶が覚えている事すら拒否していたわけではあるまい。


 受付嬢と入って来た謎の人。

 この二人の人物にモヤッとした気持ちを残したまま、俺達はギルドを後にした。









「あら、ロジオノさん。いつ王都に戻って来たの?」

「ついさっきですよ。早速ですが、彼の冒険者登録をお願いします」

「分かりました。えーっと、お名前から伺っても?」

「ふっ、俺の名はヤムア。『勇者』ヤムア。五百年ぶりに現れた、新たな勇者様だ!」

「あー、はいはい。ヤムアさんですね」

「ただのヤムアではない! 『勇者』ヤムアだ!」

「春先になると多いんですよねー」

「ヤムア君……キミは今のところ、自称『勇者』に過ぎないんだよ? これから然るべき所に行き、証明して初めて『勇者』となれるんだ。それを忘れては困るよ?」

「……ヤムアだ」

「はい、ヤムアさんですねー。では手続きを……」


 こうして新たな冒険者が生まれ……そして二度とその姿を見る事は無かった。

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