第740話 ウナギ
泊った宿で出て来た夕食には、なんと鰻が使われていた。
ウナギが獲れると知ってしまった以上、これは蒲焼きを作らなくてはなるまい。
このまま黙ってスルーすることは、日本人の魂が許さないだろう。
とりあえず明日にでも市場か漁港に行って、ウナギを仕入れて来ないとだな。
捌き方? そんなもん、アレク君に丸投げするか、アレク君が無理でもガロンさんなら捌ける筈。
あんな髭もじゃなオッサンでも、王都生まれのシティーボーイらしいからな。
ウナギの一匹や二匹、捌いた事ぐらいあるだろう。
捌いてしまえば後は串を打って焼くだけだ。
ウナギの格言に『串打ち三年裂き八年、焼きは一生』なんて言葉があり、それだけウナギの蒲焼きには大変な技術が要るようだが、ガロンさんならきっと何とかしてくれる。
俺の中のガロンさんが、某青ダヌキレベルにまでなっている気もするが、気のせいだろう。
ただ、そんなガロンさんでも無理なモノがあるのは分かっている。
ウナギの蒲焼きはにじっくり時間を掛けて育てたタレが付き物だが、こればっかりはガロンさんといえど、どうにもならない。
俺が通なら白焼きのままでも十分なんだろうけど、あいにくとそこまでウナギを食べまくったわけでは無い。
やはり蒲焼きにはタレが無いと味気ないよなぁ。
ファンタジーな世界なんだし、魔法で何とかならないものだろうか。
今夜寝る予定の202号室が持つ睡眠学習(魔法)に、タレを熟成させる魔法なんてあったりしないかしら。
そんな事を思いながらも食事は進み、締めのデザートがテーブルの上に置かれた。
そのプルンと揺れるビジュアルに、一瞬ウナギのゼリー寄せでも出て来たのかと、思わず身構える。
イギリス伝統のあの料理は、激マズだと評判だからな。
異世界に来ようとも、味に変わりはしないだろう。
が、俺の予想は良い意味で外された。
出て来たのは、ゼリーはゼリーでも海藻由来のゼリー、つまりは寒天だった。
流通の中心地でもある王都だけあって、海産物も比較的手に入りやすいらしい。
寒天の原材料であるテングサも、乾燥させてあれば長期の輸送にも耐えられるため、王都で最近出回るようになった最新デザートなんだとか。
まぁ現在のところはそのプルプルな食感を楽しむ位で、味の方はイマイチ……というか無味のようだけどな。
せめて黒蜜ぐらいは掛けて欲しかったぜ。
ウナギに寒天と中々の収穫があった夕食も終わり、俺達は部屋へと戻ってくつろぎタイムとなる。
折角の王都なので、夜の王都観光(意味深)もしたかったけど、シャーロット達に大浴場を求められてしまってはソレも叶わない。
バックドアの制約として、中に人が入っている場合、一定の距離以上は離れられないからな。
マウルーの歓楽街に行くことが出来なかったのは、シャーロット達との混浴を優先したからってだけでなく、その制約もあったからなのだ。
……はい、嘘です。
混浴に目が眩んで、夜の蝶とかキレーサッパリ忘れていました。
まぁ低レベルの俺が夜な夜な一人で出歩くとか、死亡フラグ以外の何物でもないだろう。
目が眩んでいたのが身の安全のためにも正解だった筈だ。
「えーっと、明日の予定としては朝一でギルドに報告書を届けるぐらいか?」
「そうだな。可能であればこちらの依頼も熟してみたいところだが……」
湯船につかりながら、シャーロットと明日の予定を確認しておく。
こうすることでさりげなく彼女に近づき、褐色スライムさんを間近で拝めるのだ。
ただし、あまり近付き過ぎると明鏡止水の境地が乱れてしまうので、ホドホドの距離が大切である。
「町を移ると、ギルドランクが星一からになるからなぁ……」
「あぁ。ガロン殿の話では、王都の星一の依頼は、ほとんどが町中のモノらしい」
「町の中だけなら、依頼抜きで歩き回りたいよなぁ……」
「そうだな。ただ、ひょっとしたら面白い依頼があるやもしれん。一応は確認しておくべきだろう」
お前の琴線に触れるような依頼って、碌なもんじゃ無さそうだけどな。
それこそ薬草採取とか、薬草採取とか。
王都の町中に薬草があるとは思えんが、万が一依頼あったらどうしようか。
主人公補正のありそうなシャーロットの事だから、不思議と採取依頼とかが貼り出されてて、しかもトラブルに巻き込まれそうな予感すらあるんだよな……って、コレもフラグになりかねんか。
まぁあったらあったで、その時考えよう。




