第721話 船上にて
「フッ! ハッ!」
槍を振るう。
小さな舟の上のせいか、足元が安定しない。
それでも愚直に槍を振るう。
「フッ! ハッ!」
突き、払い。
ちょっとした動作でも小舟にとっては大影響となり、床はユラユラと揺れ動く。
それでも愚直に槍を振るう。
「フッ! ハッ!」
槍にしろ剣にしろ徒手空拳にしろ。
おおよそ攻撃というモノは上半身だけで行うモノではない。
土台である下半身がシッカリしていて、初めて上半身の動きが活きるようになる。
つまり全ての武術の基本は下半身にあると言っても過言ではない。
「フッ! ハッ!」
だからこその、この訓練。
某釣り船屋の息子は、幼い頃から船の上でバランスを取り、重いクーラーボックスを何個も運んで下半身を鍛えてきた。
不安定な舟でもバランスを崩さず、それでいて威力のある槍の動作を身に着ける事で、更なる高みを目指すのだ。
……はて? 今は優雅に川下りをしている時間だというのに、なんで俺は槍を振るってるんだ?
そもそも朝練なんてものは既に終わっているはずだよな?
「どうした? 腕が止まってるぞ?」
「いや、なんで俺は槍を振るっているのかなぁって……」
「なんで、と言われてもな……強いて言えば暇つぶしだろうな」
「暇つぶし……暇つぶしで俺は槍を振るっていたのか?」
「あぁ。突然『折角、舟の上にいるんだから、舟の上でしか出来ないコトをしよう』と言い出したな」
その結果がコレか。
たぶん、舟の上=某釣り船屋の息子のパターンだな。
さっきも同じ事思っていたし、同じ人間なのだから思考パターンも同じになるのだろう。
それは分かるのだが、なんで槍の訓練を選んだのか?
俺の性格からすれば訓練よりも遊ぶ方……例えば釣りとかを選びそうなモノなのに。
まさか、と思いシャーロットを見る。
暫く視線が絡み合うが、やがて彼女の方から目を逸らされた。
この反応……これは、なにかやったな?
訓練を始めた頃の記憶が無い辺りが特に怪しい。
「誤解だ! そんな事はしていない! せいぜいちょっと思考誘導しただけだ」
「それを『した』って言うんだよ」
「…………!」
なんで『バカな!』って顔で驚いているんだ?
「そ、それより、そろそろ乗り換えてもいい頃合いではないか?」
「まぁそうだな。人目は無いんだろ?」
「あぁ、どうやら今の場所は街道から少し外れているようだからな。周りに人影はないぞ」
「ならバックドアに入っている連中を呼び戻すか」
狭い小舟の割に槍を振るうスペースがあったのは、俺とシャーロット以外のメンバーはバックドアに避難済みだったからだ。
「どうっスか? 三半規管は鍛えられたっスか?」
「三半規管?」
「あれ? 忘れちゃったっスか? ショータさんが少し船酔いの傾向がでてたんで、急きょ訓練に変えたんじゃなかったっスか?」
シュリが舟に姿を現すと、そんなことを聞いてきた。
なるほど、船酔いに限らず、乗り物酔いってのは基本、三半規管が感じる揺れが原因らしいからな。
ああして不安定な場所での訓練をこなすことで、少しは船酔い対策にしておくつもりだったらしい。
更に言えば、ああして集中していた事も、船酔い対策の一環だったようだ。
一心不乱に槍を振るう事で、船酔いを感じたりしないようにしていた。
集中しすぎて、これまでの経緯とかまで忘れそうだったけどな。
全員が舟の上に勢ぞろいした辺りで舟を岸に近づける。
今いる場所はちょっとした渓谷になっているため、周りは岩しかない。
これなら人目を気にせず飛空艇を呼び出すことも出来るだろう。
そうしたら『優雅な船旅』から『優雅な空の旅』にクラスアップだ。
今度こそ優雅に空の旅を楽しみたいね。
「飛空艇召喚!!」




