第717話 寝湯
立ち込める霧の中、絶海の孤島ともいえる島があった。
その島は極寒の地にあるのか、草木は全くと言っていい程無く、ただ雪のような真っ白な地肌をみせていた。
雪、といってもその地肌は暖かみがあり、瑞々しささえ感じられるほどだ。
そんな真っ白な島の特徴といえば、双子山だろうか。
その双子山それぞれの頂きに生える桜だけが、その島に彩りを添えている。
いつか桜を愛でつつ、雪色の地肌に埋もれて眠ってみたいものである。
おっと、もう一つ島の特徴があったな。
この双子山はかなり標高が高い。
天を突くような、それでいて丸みを帯びたような。
例えるならロケットのような、そんな双子の山だ
桜を愛でるだけでなく、このロケットに関してもじっくりとした調査が必要とされるだろう。
「あの……そんなじっくり見られても、その……困るっス」
ギャァアァア!! 山がシャベッタァァ!!
……って、当たり前だけどな。
シャーロットに続いてシュリも又、大浴場の寝湯で寛いでいるのだ。
褐色スライムさんだけでなく、ロケットさんも又、湯にプカリと浮いている。
同じ双子山でも、色といい形といい甲乙つけがたい素晴らしさである。
「オトコの人って、みんなコレが好きっスよねー」
「そりゃオトコだからな。大なり小なりの差はあっても、嫌いな奴は早々いないと思うぞ」
「そんなものっスかねー。重いだけだし、いっそ無くしてしまいたい時もあるっスよ」
「それを無くすなんて、とんでもない」
ロケットさんと褐色スライムさんを失う事は、人類の宝を失う事に等しい。
そんな大それたことを軽く言わないで欲しい。
「むー、ショータさんが嫌がるから、諦めるッスかねー」
「是非そうしてくれ」
とはいっても、大きい人は本気で悩む場合もあるからなぁ。
せめて重さだけでもなんとかなればいいのだけど……。
例のマジックバック機能付きの胸鎧を作ったフランさんなら、いいアイディアが浮かぶかね。
「あー、でもこうしてお湯に浮いてくれるだけでも大分違うっスねー」
「浮袋みたいだな」
「まぁ所詮は脂肪の塊っスからねー。逆に浮いちゃって、素潜りとか出来ないっスけど」
浮く……浮くねぇ……あれ? ひょっとして浮遊石を使えば、重さだけは何とかなるのか?
「あー、どうなんスかね。胸当て部分に魔法陣を仕込んでおけば、理論上は可能かも知れないっスけど、そもそも浮遊石って手に入るッスか?」
「さぁ? エジンソンの爺さんは持ってたけど、俺達が手に入れられるかは別だよな」
「出来もしないのに、夢だけ見させられたっスー」
そう言って、寝っ転がったままバシャバシャと湯面を叩くシュリ。
ロケットさんが揺れ動き、隣でウトウトしているシャーロットの褐色スライムさんも、生まれた波でフルフルと揺れる。
「そ、それより、寝湯の調子はどうだ?」
「んー、寝っ転がったままお湯に浸かれるのは最高っスねー」
「そうか」
「でも、ワザワザ湯面を下げるのは結構な手間っスよね」
「もうちょっと自由が効けばいいんだけどな」
もともと寝湯を作ろうと思ったのは、シャーロットが半分寝ぼけているため、このまま湯船に入れてしまうと、そのまま沈んでしまいそうだと判断したためである。
寝湯の状態であれば、そうそう溺れはしないだろう。
ただ、飛空艇が誇る大浴場といえど、寝湯の機能までは存在していない。
ならばと、ジェットバス側のお湯を半分以上抜き、そこに寝かせれてしまうことにした。
そこまでは良い考えだったのだが、寝湯に至るまでには少々手間がかかった。
というのも、我が大浴場のお湯張りは、機能によって一瞬で済む。
そして排水、清掃もダンジョン化している事で、コレも又一瞬で終わる。
一般家庭の風呂の様に、排水用の栓を抜いて……なんて手間は必要無い。
普段であれば便利なのだが、逆に言えば途中で止める事が出来ないって事。
つまり、浴槽のお湯を半分だけ抜くなんて細かい事は出来なかったのだ。
備え付けのタライで汲み出そうかと思ったけど、そこまで手間をかけるのも、なんか違うしな。
いっそシャーロットを叩き起こすか、そもそも湯船に入れないか。
どっちの方がマシかを考えていたところ、シュリが魔法で解決する手を思いついてくれた。
やり方はとても単純だ。
以前、ハイドレイクのハマルを捕まえた時、カーゴルームの扉に挟まって身動きが取れなくなったことがある。
どうにも身動きが取れない為、魔素入りのシャワーの水を飲ませる事で、体を小さくさせて抜け出させた。
その際に使った水を操る魔法で、ジェットバス側のお湯を半分ほど抜き出したのだ。
「今回はいいとしても、次回やるときは何か考えておいた方がいいか」
「そうっスねー。あの量を一遍に操るのは、結構面倒だったっス」
パッと思いつくのは、デッキチェアのようなモノを浴槽に沈めてしまう事だろう。
これなら硬い浴槽の底で寝る必要も無いしな。
問題は、そんな気の利いたデッキチェアがあるのかって事だ。
展望デッキのデッキチェアが使えれば一番手っ取り早くて簡単なんだけど、アレは展望デッキからは動かせなかったしな。
となると、デッキチェアに相当するモノを買うか自作するか。
家具屋にはそれらしいのは見かけなかったから、自作するしかなさそうか。
折りたたみテーブルを作り上げたベルなら、デッキチェアも作れたりするのかね。
あとで聞いてみるとするか。




