第706話 ギルドに持ち込もう
「メルタさんは……いないっぽいな」
太陽は山の端に隠れたが、未だ空は明るいまま。
昼でも夜でもないまさしく逢魔が時といった頃合い。
そんな中、赴くのは最終決戦の地……ではなく冒険者ギルドである。
「おや、私に御用ですか?」
と思ったら、背後から声がかかる。
バカな?! 気配など感じなかったぞ?!
この概観視持ちの俺の目をかいくぐるとは、この女……デキる!?
「なにやら妙な誤解をされているようですが、たまたま外回りから戻って来ただけですよ?」
そのまま俺の横を通り過ぎ、受付に座っている人に何やら書類を渡すメルタさん。
そしてそのまま空席だった受付窓口に座る。
「さ、どうぞ? 依頼の完了報告ですよね?」
「あ、はい」
促され、そのまま手続きをしてしまったけど、良かったのかな?
一応、周りを見てみたけど、並んでいる連中は気にしている様子もない。
あの視線を逸らされる感じは、譲られてもむしろ困るって感じだな。
ひょっとしてメルタさんは……いや、よそう。この先は碌なことにならなそうだ。
「賢明な判断です。それと別に嫌われてるとか、そんな事はありませんので」
ドンと積まれた発光苔をテキパキと査定ししていく姿は、まさしくデキる受付嬢。
ただその迫力にちょっと気圧されてしまいそうでもある。
この辺りが彼女が冒険者から敬遠される原因なのだろうか。
「そこは分かっているのですが、なかなか直しにくいのですよね……っと、終わりました。すべて良品でしたので、査定も少々あげておきましたよ」
発光苔専用の袋(45Lサイズ)一杯で通常大銀貨二枚が、査定アップで大銀貨二枚半。
それが二袋分で大銀貨五枚、六人での山分けだと……銀貨八枚ちょっとか。
苔を取ってくるだけでこの金額は、結構割がいいんじゃないかな。
ま、今回は俺の買った初心者セットの代金である大銀貨二枚分が経費として含まれるので、実際の報酬は一人頭銀貨五枚になるんだけどな。
「そういえば、ショータ様達はダンジョンに関して、何か情報はお持ちでしょうか? なんでもダンジョンの一部が崩落したせいで、色々と変わってしまったと聞いておりまして」
「まぁ、あると言えばありますが……」
なけなしのMPを使って更新したダンジョンの地図情報はちゃんと書き写してある。
崩落し様変わりした筈のダンジョンも、ダンデライオン号の前には丸裸であった。
「おや、ありましたか。しかも最新の地図とは……期待はしていなかったので、ダメ元で聞いてみた甲斐が……おっと、コレは失言でしたね。少々立て込んでおりまして、ついつい本音が……」
「……まぁいいです。それより、立て込んでいるって、何かあったのですか?」
「ただの救援依頼ですね。なんでもダンジョンの罠に仲間が飲み込まれたんだとか」
「ダンジョンの罠に……ひょっとして、その人は赤毛の?」
俺達がダンジョンに入ろうとした時、それより先に出て来た冒険者がいた。
彼はダンジョンの罠にかかり、仲間全員を失ってしまったのだが、その彼が救援依頼を出したのか。
「えぇ、そうです。基本的にダンジョンに挑むのは自己責任なので、冒険者が帰ってこない程度では我々ギルドが出しゃばったりしないのですが」
依頼を出しておいてその対応は少々冷たい様な気もするが、それがこの世界の常識なんだろう。
俺達に出来る事と言ったら、せいぜい気を付けて赤毛の彼と同じ目に遭わないようにするぐらいか。
「依頼として出されてしまった以上は対応せざるを得ませんし、彼の仲間に少々厄介な人物が紛れ込んでいたようでして、今回は救援隊を出すことに決めたのです」
ご愁傷様です、と言っておけばいいのだろうか?
いや、下手に口出しして救援隊に組み込まれても困る。
ここは地図情報だけ渡して、あとはスルーしておくか。
「大丈夫ですよ。昨日今日ダンジョンに挑み始めた方々まで駆り出すほど、当ギルドは人材不足ではありませんから。で、これが新しい地図ですか……少々確認したいので、一緒に付いてきていただけますか?」
「えーっと……」
(この地図の出処を聞くには人目があり過ぎるのでしょう?)
つぃと顔を寄せヒソヒソと囁くメルタさん。
確かに今日崩落して様変わりしたはずのダンジョンの、それも全通路の地図があるってのは異常だよな。
こんな人目があるところで話して、地図の出処や、ひいては飛空艇の事までバレてしまうのはマズい。
俺はメルタさんの後に続き、ギルドの二階へと向かう。
と思ったのだが、たぶん話が長くなりそうなのでメルタさんにはちょっと待っててもらい、シャーロットを残してシュリ達四人には先に戻ってもらうことにした。
特にアレク君には先に戻っててもらい、途中だったカレーの仕込みをやっておいてもらわないとだからな。
メルタさんとの話に付き合わされて、シャーロットとしてはいい迷惑なんだろうが諦めてもらう。
俺一人じゃ、余計な事までしゃべってしまうのは目に見えているしな。
あと、シャーロットと連れ立っていれば彼女の方が目立つので、最新の地図を持ち込んだのがシャーロットだとミスリードしてもらえるんじゃ、といった淡い期待もある。
実際、この地図を書き上げたのは自称マッパーであるシャーロットなわけだし。
「自称ではない。歴としたマッパーだ」
「はいはい、じゃあ我がパーティーのマッパーとして、地図の説明は頼むな」
あと俺へのカモフラージュも。




