第691話 ダンジョンで落ちよう
――パチパチパチ。
「うむ、よく地竜の弱点に気付いたな」
「まぁな」
気付いたのは俺じゃないし、トドメを刺したのも俺じゃない。
だけどシャーロットが俺に話しかけてきたのであれば、こう返さざるをえまい。
「ショータさん、ダメっスよー。ちゃんとアレク君が気付いてくれた事も言っとくっスよー」
「……分かってるよ! でも俺に話しかけて来たんだから、しょうがないだろ?」
「いや、別に全員をねぎらっただけなのだが……」
こ……このままでは部下の手柄を横取りするような、最悪な上司になってしまう。
アレク君は一応俺の奴隷という立場のため、彼の手柄は俺の手柄となり、横取りしても問題は無い。
無いけど「人としてどうよ?」という良心の呵責と、更には「それをしてしまえば、あのクソ上司と同類」という耐えがたい汚名を被ることになる。
その汚名だけはゴメン被る。
「そうだな。アレク君のお陰で、なんとか倒せたぜ」
どうだろう? なんとか汚名を回避することは出来ただろうか?
シュリのジト目が「今更言っても遅いっス」と言っているように見えるが、見えるだけなので気のせいだろう。
俺も自意識過剰が過ぎるようである。
「…………ま、まぁ地竜も倒せた事だし、先に進もうぜ」
微妙な空気。
これはもう、強引に話を変えてくしかない。
俺は率先して部屋の出口へと向かい……その一歩目で何故か右足だけ落とし穴にはまった。
深さとしては階段一段分ぐらい。
穴の中も竹槍が生えている等といった危険な事もなく、単に掘っただけの穴。
そんな落とし穴こそ、もっとも危険な落とし穴なのだ。
だって考えてもみてくれ。
地面ってのは踏みしめるものだ。
そんな地面がいきなり無くなるなんて、誰が考える?
階段を上がって行って、最上段の更に上の段を踏もうとして空振った時よりも驚くだろ?
ましてや、ここは何が起きるか分からない危険なダンジョンなのだ。
そんなダンジョンで、突然足元が無くなってみろ。
ついつい大きな声が出てしまってもしょうがないよな?
たとえそれが「ぬひょわぁ」などという、ちょっと間抜けな叫び声だったとしても、だ。
あぁ……うん。
微妙だった空気が更に微妙になって、とうとう妙な空気にまでなってしまった。
俺の発した叫び声に大受けする者や、「言わんこっちゃない」と呆れ顔になる者。
戦闘中では落ちなかったのに、なんで終わった途端に落ちるのよ! と良く分からん憤りをぶつけてくる者。
すわ敵襲か! と斧を握り締め直す者に、どうしていいか分からず曖昧な笑みを浮かべる者。
多種多様な反応を返してくれているが、誰一人として手を差し伸べる者はいなかった。
まぁ手を借りてまで起き上がる必要はないのだけど。
俺は起き上がり、特に汚れてもいないズボンをパタパタとはたく。
そして何事もなかったかのように、改めて第一歩を踏み出し……今度は左足が落とし穴に落ちた。
「なんでこんなに落とし穴ばっかあるんだよ!!」
「プッ……クッ……そ、そうだな。たしかに異常だ」
笑うのか同意してるのか、どっちかにしてもらえないかね?
あ、いや。どっちかにしろ、と言ったら笑う方を選びそうなので、やっぱ無しで。
「まぁ大方、先程の地竜が穴でも掘りまくっていたのではないのか?」
「くっ……生きてる間も厄介だったのに、死んだ後も厄介なのか……地竜なら地竜らしく、こんな所で落とし穴掘ってないで、地平線でも目指して旅をし続けてろよ」
「地竜が地平線を目指しているとは初耳だな」
「シャーロットさん。多分、ショータさんが言ってるのは別の地竜の話っス」
まぁそうだな。地竜というかニョ□ニョ□の話だ。
アイツ等の生態ときたら謎だらけ過ぎて、正直原作者の頭の中を疑いたくなるほどだからな。
なんだよ、夏至祭の前の晩に種を蒔くと生えてくるって……もっと自由に生えさせてやれよ、と夏休みの自由研究でヤツ等の事を調べた時の結論にしたものだ。
もっとも、その自由研究を担任の教師に提出したら、なんで「ニョ□ニョ□の生態」を研究テーマにしたのかと、俺の頭の中を疑われたけどな。
ま、過去の笑い話って事で。
「とりあえず、そうだな……例の探知棒でも使ってみるか?」
「探知棒……そういやそれがあったな」
高い授業料を払って手に入れた初心者セット(ダンジョン用)なのに、アレク君が斥候役をやってくれてるおかげで、いまだに日の目を見ていない。
このままではマジックバッグの奥に死蔵されてしまうだろう。
こんな時にこそ、積極的に使わなくてはね。
マジックバッグから真っ二つになった探知棒を取り出すと、それをガションと繋ぎ合わせる。
そして自分の足元を見、数歩先を見、繋ぎ合わせ三メートルほどになった探知棒を見る。
うん、長いね! 三メートル先の落とし穴を見つける前に、自分の足元を確認する方が先だね。
俺はそっと探知棒を分解した。




