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第664話 土釜焼き

 技術というものは、突然生み出されるものではない。

 長年の蓄積により、徐々に改良されていくものである。


 発明というものは、突然生み出されるものだ。

 しかし、そこに至るまでには技術の積み重ねが必要である。


 発明王エジソンは電球を生み出したが、それは彼が電球を作るための前提条件が整っていたからでもある。

 竹を使ったフィラメントは彼の発想であるが、ガラスを生み出したのは彼ではない。

 そもそもの電気、すなわち発電機を生みだしたのも彼ではない。


 つまり、ガラスや電気といった技術があったからこそ、電球という発明が生み出されるに至ったのである。

 これが逆、つまり電球が生み出されるのが先でガラスや電気が後、というのは成り立たないのである。

 言い換えれば、ガラスや電気の発明は電球に至るマイルストーンである、とも言える。


 ガロンさんが俺に新作メニューの感想を聞いた理由もソレだ。

 新作メニューである『乞食鶏』が、迷い人の知識に在るか否か。

 それによって、自身の発想の仕方を推し量りたかったらしい。


 俺が知るようなメニューであれば、ガロンさんの考え方は地球の、すなわち『勇者のレシピ』に近い考え方であると言える。

 逆に俺が知らないようなメニューの場合は、『勇者のレシピ』から遠ざかっていることになる。


 それが良い事なのか悪い事なのかは、ガロンさんにしか分からない。

 だがガロンさんの口ぶりからすると、『勇者のレシピ』を目指しているように思える。

 そして、いつかはソレを超えたいとも。

 ガロンさんにとって『勇者のレシピ』とは、目指すべき目標であり、競い合うライバルであり、超えるべき壁なのだ。


 この世界の料理のレベルは過去の迷い人の怨念により、かなり古い所で止まってしまっている。

 その止まってしまった針を、ガロンさんは動かそうとしている。

 『勇者のレシピ』という、分かり易い指標を目指し、追い付き、更には追い越そうとしているのだ。


「そんな大層なモンじゃねぇよ。単にもっと美味いもんが食いたいだけだ」


 美味い物への飽くなき探求心。

 それこそがガロンさんの原動力のようだ。


 ……はて? なんで新作メニューの感想が、ガロンさんの原動力の話に変わったのだろう。

 もっと言えば、階段で別れるまでの単なる世間話的な会話だったはずだ。


「さぁな。俺もオメェも、案外寝ぼけてるだけかも知れねぇな」

「いい加減、寝ろってことですかね」

「だろうな。とりあえず、あのメニューは『富貴鶏』にしとくか」


 何をもって『とりあえず』なのかは分からんが、あのメニューの名前が決まったらしい。

 まぁ『乞食鶏』だとなんかよろしくない感じだし、俺が提案した『ガロンの土焼き』も「俺が焼かれてるみてぇだ」と、却下された。


「でも『富貴鶏』だと、ニワトリ……つまりコッコゥだけってことになりますよ?」

「そうなのか?」


 俺が伝えたせいか、『富貴鶏』は『富貴鶏』として認識されている。

 コッコゥを葉っぱで包み、更に土で覆って丸焼きにした料理=『富貴鶏』と。

 これがコッコゥ以外の食材、たとえばランペーロ()を使った場合は『富貴牛』とでもなるのだろうか。

 それとも『牛肉を使った富貴鶏』となるのだろうか。

 いや、後者の場合だと、牛なんだかニワトリなんだかハッキリしない料理になってしまうから、それは無いな。


「……なら無難に『土焼き』……いや、塩釜焼きを基にしたんだから『土釜焼き』とでもするか」

「いいんじゃないですかね」


 どうでも。


 俺が提案した『ガロンの土焼き』が採用されなかった以上、メニュー名はガロンさんが自由に決めればいいと思いますよ。


「長い事引き留めて悪かったな。じゃあ、俺ぁアイツ等の顔を見に行くぜ」

「あ、はい。おやすみなさい」


 いそいそと産まれたばかりの双子の寝姿を眺めに行くガロンさん。

 お疲れパパさんが子供の寝顔で元気をチャージするのは、世界が変わろうとも同じらしい。


 俺も元気をチャージしたいところだが、言うまでも無く俺に子供はいない。

 かといってガロンさんについて行くのも、それはそれでどうかと思う。

 ヨソのうちの赤ん坊の寝顔を見て元気になる、というのは考えるまでも無くおかしな人だからな。

 なので、俺は赤ん坊以外で元気になれそうなモノを眺めに行くとしよう。




(おはようございま~す)


 という事で、目覚ましドッキリの時間です。


 お早くもない、むしろ深夜な時間だろ。

 目覚めさせる前に、まず自分が寝ろ。

 マイクぐらい持て。


 そんなセルフツッコミしながら進むのは、我が飛空艇が誇る快適空間の一つ、すなわち『寝室』のベッドである。

 そして目覚ましドッキリである以上、ソレを仕掛ける相手が必要になるが、当然スタンバイ済である。

 頼まれずともスタンバってくれているシャーロットに心の中で感謝をささげる。


 とはいえ、俺も鬼ではない。

 ドッキリを仕掛けると言っても、耳元でバズーカを使ったりなんかはしない。

 せいぜい彼女が使っている抱き枕と入れ替わるぐらいだ。


 俺はシャーロットが熟睡しているのを確認しつつ、先ずは彼女が大事に抱きかかえている抱き枕をそっと引き抜く。

 途中、「うーん」とシャーロットが声をあげるハプニングもあったが、なんとか完了できた。


 抱いていた筈の枕が失われたからか、シャーロットの手が何かを探すようにウロウロとし始める。

 ハイハイ、抱き枕ならここにありますよー。

 口には出さず、そっと彼女の手を取り、彼女の導くままベッドへと潜入する。


 ……あれ? 普通に潜入成功?

 ここはシャーロットが既に目覚めてて、お仕置きのパターンじゃないのか?

 俺の予定じゃ、シャーロットに気付かれ、なんやかんやで一緒のベッドに……だったんだけど、これはこれで気がそがれるな。


 って、あれ? なんか彼女の方から積極的に抱き着いてきてないか?

 ひょっとして誘われてる?

 もしかしてウェルカム状態だった?

 褐色スライムさんも大歓迎してくれてる?


 ……あ、違う。これ、やばいパターンだ。

 抱き着き力が半端ない。

 下手すりゃ全身の骨を砕かれるヤツだ。


 ちょ、ま……って……

ばたんきゅー

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