第662話 ロープワーク
「ダンジョンコアかぁ……そういえばガロンさんはダンジョンコアって見た事あるんですか?」
「あぁ。現役だった頃な。なんか綺麗だったぜ」
なんか綺麗って……ダンジョンの最奥に辿り着いた感想がソレなのか。
もっとこう……ボスが手強かったとか、お宝ザックザクだったとか、そんな感想は抱かなかったのかね。
「なんだ? もっと他の事が聞きたそうなツラだな」
「……えぇまぁ」
「つってもなぁ……あのダンジョンはボスも大した事なかったし、お宝なんて取りつくされてるから、ただ珍しいモン見たなぁ、ぐらいしか思い浮かばねぇよ」
……それもそうだ。
我が家のダンジョンコアだって、変なピラミッド型のヤツが浮いてるだけだ。
アレを見たところで、「ふーん、凄いね」ぐらいしか思い浮かばない。
ヨソもあんな感じなら、その程度の感想になるのかね。
「あ、そうだ。ダンジョン経験者の大先輩に質問です」
「大先輩ねぇ……まぁいいや。で、なにが聞きてぇんだ?」
「注意点もですけど、何か用意しておいた方がいいものってあります?」
「用意するモノか。そうだな……とりあえずロープとハーケン、それと棒はあった方がいいだろうな」
「ロープとハーケンと棒ですか?」
「あぁ、ロープは長けりゃ長い程いい。ダンジョンによっちゃ、崖見てぇな所を登ったり降りたりするからな」
そうか、ダンジョンって聞いて、ゲームに出てくるような、各フロアごとに歩いて踏破できる洞窟をイメージしていた。
だが現実の洞窟がそうであるように、必ずしも歩いて行けるとは限らない。
ガロンさんが言うように、時には切り立った崖のような所を登る必要もあるようだ。
そんな時に役立つのがロープとハーケンだ。
ハーケンってのは楔のことらしい。
よく崖を登っている人たちが、岩肌に打ち込んでいるアレだ。
たしかにロープだけでは、縛る場所が無いと意味がない。
そのハーケンとやらを打ち込んで、ロープを支持する必要がある。
「つーかオメェ、ロープの縛り方ぐらい知ってんだろうな?」
「うっ……分かりません」
「だと思ったぜ。仕方ねぇな……簡単なモノぐらいなら教えてやらぁ」
ガロンさんは厨房へと戻ると、荷造り用らしいロープを手に戻って来た。
「ほれ。まずは基本からだ」
「はい」
なぜか深夜なのに急きょ開催されたロープ講習。
正直なところ、明日もあるのだからサッサと寝たいところなんだけど、ガロンさんの好意でもあるし、覚えておいて損は無い技術でもある。
幸い、ひと眠りして起きたところなので、眠気自体は今のところ無い。
なんとか基本的な結び方ぐらいは覚えたいものだ。
「こうやって……ここを通して……こう。分かったか?」
「えーっと……こうですか?」
「いや、コッチを、こう……だな」
……うん、無理!
靴ひもぐらいしか縛った事のない人間に、こんなのを一回で覚えろって方がおかしいと思う。
役に立つのは分かるんだけど、覚えきれそうにない。
でもせっかく教えてもらってるのだから、一つぐらいは覚えないと。
「俺もちゃんと覚えられたのは大分経ってからだ。オメェも無理せず覚えていけ」
「はい」
「とりあえず、こんな縛り方があるってのだけでも覚えておけば、いざって時に役に立つからな」
ロープワークの中には、自分の体を縛る様なものもあった。
いわゆるハーネスの代わりになる結び方らしい。
先の崖の昇り降りとかで使うんだとか。
ただ大事な技術なのは分かるんだけど、深夜ヒゲのオッサンと縛りあうのは心にクるものがあった。
どうせ縛るなら、シャーロットやシュリを縛りたいものである。
もしくは彼女達に縛られたい。そっちの趣味は無いけど。
「まぁこんなとこだな。後はおいおい覚えていくんだな」
「……ありがとうございました」
まともに覚えられたのは、もやい結びと呼ばれる基本的な結び方。
後のは何となく分かるレベルで、正直「もう一度一人でやってみろ」と言われても無理だろう。
ローマは一日にして成らず、と言うが、ロープは一日にして覚えられず、だな。
「アレクも詳しいから、出先ではアイツに聞いてみろ」
「はい」
アレク君は狩人になるべく育てられていたので、この手のロープワークはお手の物らしい。
だったら俺が覚えなくてもいいじゃん! とは思ってはいけない。
冒険者たるもの、ロープをまともに扱えて一人前なのだから。
「あの……ロープとハーケンは分かりましたけど、棒は何に使うんですか?」
「棒は罠探しだな。モトルナの話じゃ、長い棒があれば落とし穴とかを探るのに便利らしい」
あぁ10フィート棒ってヤツか。
ダンジョンだと罠にも注意しないとなんだっけ。
そっちの対策は失念してたな。
むしろ棒だけで足りるのかね。
「あのダンジョンには、それほど危険な罠は無かったな。せいぜい落とし穴に落ちて足をくじく位だ」
「それで棒なんですね」
「ただ、ダンジョンってのは変化するからな。落とし穴だけって思わねぇ方がいいぜ」
いや、ガロンさん。
前のセリフで「危険な罠は無い」って言ってるじゃん。
「それがダンジョンだ」




