第654話 エジンソンと『変人』
「そうかそうか……ショータはあの時の小僧じゃったか……うーむ……」
ようやくエジンソンの爺さんは、俺がインチキタイムマシン理論を教えた事を思いだした様だ。
人の顔を覚えない爺さんでも、興味のある事に関係していれば、少しは覚えていたらしい。
「まぁええか……食事も済んだ事だし、部屋に戻って研究の続きでもするかの」
しばらく考え込んでいた爺さんだったが、そんな事を言い出すと、そのまま食堂を出て行ってしまう。
……え? この爺さん、とうとうボケやがったか?
エジンソンがこの宿に来た理由ってのは、俺に用があって来たんだよな?
なのに、それを差し置いて研究を優先とか、ボケたとしか思えない。
「いいのか? 爺さん。ショータのヤツに何か聞きたかったんじゃねぇのか?」
「あぁ、もうええわい。あの小僧ならワシの名前を勝手に使われてもええ」
「ふーん……爺さんがそれでいいなら、俺は何も言わねぇけどな」
「それよりモッさんとやら。お主が聞いた魔王軍の飛空艇とやらの事。もう少し詳しく聞かせ欲しいのじゃが……」
「あの話か……。いいぜ、爺さんの部屋で良ければ、たっぷり話してやらぁ」
なにやらエジンソンとモッさんが話している。
俺が爺さんの名前を使ったとかなんとか聞こえたけど、俺はそんな事をした覚えはない。
つまり人違いか冤罪のどちらか、という事になる。
あ、人の名前を使った事はあったか。
うっかりミスで飛空艇が見つかった事で、マウルーの町ではちょっとした騒ぎになったっけ。
その騒ぎを収拾させるのに、『変人』と評される人物の名前を使った事はあった。
だけど、爺さんの名前はエジンソンだし、『変人』の名前は……確かフォロスだかフォリスだかだった筈だ。
爺さんとその『変人』とかいう人物とでは名前が違う。
それにアレはシャーロットの入れ知恵でやっただけだ。
もしも責任があるとすれば、発案したアイツが負うべきだろう。
「ショーちゃん、ショーちゃん。ちょっといいかしら?」
「ショーちゃんはやめてください。パインさん」
俺が冤罪からの華麗なる回避法を思いついていると、パインさんが何やら手招きしている。
何の用かは分からんが、とりあえず「ショーちゃん」呼びだけは広めないようにしておく。
「ショーちゃんって呼ばれるのが嫌なら、コレを205号室に持って行って頂戴」
「エールとつまみ……モッさんのですかね」
「そうよ。モトルナったらフォーラスさんの金だと思って、好きなだけ飲み食いしてるのよ」
「モッさんらしいな。……って、フォーラス? フォーラスって誰だ?」
「誰だも何も、さっきまで話してたじゃない」
さっきまで話してたって、俺が話してたのはモッさんと、エジンソンの爺さんだけ。
モッさんの本名はパインさんも言ってるように『モトルナ』なので、そうなると――
「え? あの爺さん、フォーラスって名乗ってんの? エジンソンじゃなく?」
「エジンソン……まぁそうね。エジンソンでもあるわね」
パインさんは俺にエール入りジョッキとツマミの乗った皿を預けると、そのまま受付に向かう。
なにやらゴソゴソしていたが、戻って来た時には宿帳を手にしていた。
「ほら、ここにちゃんと書いてあるわよ? 『フォーラス・アルバート・エジンソン』って」
パラパラとめくって見せてくれた宿帳の最後には、たしかにその名前があった。
その手前にはモッさんの名前もあるので、あの爺さんの名前である事に間違いは無さそうだ。
そうかそうか……あの爺さんって、フォーラス・アルバート・エジンソンとかいう長ったらしい名前だったのか。
そんな長い名前を名乗るのが面倒だからか、俺にはエジンソンと名乗ったと。
「ね? この宿帳を見て、フォーラスさんって呼んでるのよ。ま、モトルナのヤツは爺さんとしか呼んでないけどね」
お財布とか金づるとか呼んでないだけマシなんじゃないかな。
面と向かって呼んでないだけで、内心じゃそう呼んでるかもしれないけど。
しかしフォーラスか……そういえば『変人』の名前も、フォなんとかだったな。
ひょっとしてエジンソンが、実はその『変人』その人だったりするのだろうか。
あの爺さんなら、そんな二つ名を持ってても不思議じゃないし。
なんかそう思うと、色々思い当たる節が出てくるな。
門番の人と揉めてたのも、俺が「銀色の飛空艇はフォラスが作った」って門番の人にタレこんだ訳だし。
これは勝手に名前を借りた事を、詫びに行くべきなんだろうか?
「うーん……そうすると、あの飛空艇の事。色々と聞かれない?」
「……聞かれますかね?」
「それはショータちゃんだって分かってるでしょ?」
いや、だから『ちゃん』付けはやめてくださいって。
「ちなみに、あたしは散々聞かれたわ」
「あー……色々とスミマセン」
「いいわよー。一応は女将代理なワケだし、お客さんの事はペラペラしゃべったりしないわよ」
銀色の飛空艇と聞いて、すぐに俺の事と分かったらしい。
別に守秘義務とか無いだろうに、ありがたい限りである。
「お礼、期待してるわよー」




