第650話 蒸す
サウナの効能を聞きつけたのはマデリーネさんであった。
一児の、いやもう三児の母となったマデリーネさんだが、美容には敏感のようだ。
熱心にサウナの事を尋ねてくるマデリーネさんの情熱に、俺は幼い頃に聞いた祖母の言葉を思い出す。
『ねぇ、おばあちゃん。なんでお化粧しているの?』
『ショータ。女性というのはね、いくつになっても、それこそおばあちゃんになっても、美しくありたいと願う生き物なのよ』
『ふーん、大変なんだねー』
古風な化粧台の上に置かれている沢山の化粧品を、手慣れた手付きで次々と顔に塗りたくっていく祖母の姿に、そんな事を聞いてみたのだ。
おもちゃにしていた口紅を、やんわりと俺の手から自身の手へと移しながら答えてくれたっけ。
当時、俺のような孫がいる年齢であった祖母でさえも、女というものを忘れていなかったのだ。
女盛りといえそうな年齢のマデリーネさんであれば、当然のことなのかもしれない。
ただ、サウナの精気回復効果は飛空艇のヤツ限定なのだ。
もちろん、普通のサウナでもお肌ツヤツヤ効果は見込めるのだろうが、セーレさんが認める飛空艇サウナ程の効果は無いだろう。
その辺の事をマデリーネさんに話すが、多少ガックリはされたものの、サウナの設置を真剣に検討し始めた。
大量の湯が必要な普通のお風呂と違い、サウナであれば設備投資は安い気がする。
俺の知る限りサウナに必要なものって、石を温めるストーブと熱を逃がさない部屋ぐらいだ。
ストーブでなくとも、魔法が使えるのであれば石を温めるのは容易だし、加熱する魔道具だって世の中にはある。
部屋は宿屋なのでいくらでもあるし、二~三人程度が入れる小屋なら自分達で建てる事だって出来る。
そう考えてみると、サウナって結構簡単に作れるんだな。
まぁその辺の検討は町に戻ってからしてください。
それより昼食の用意が出来たみたいですし、ガロンさん達も手を休めて飯にしましょう。
……ふぅ。なんとか話を逸らせただろうか。
あんまり飛空艇のサウナの機能を大っぴらにしてしまうと、飛空艇がダンジョン化している事までバレてしまいそうだからな。
魔素が大量に含まれているお湯が滾々《こんこん》と湧き出ている時点で言い逃れは出来そうにないけど、秘密にする努力だけはしておかないとね。
おっと、いかん。話を逸らすのはいいが、俺も食事に参加しないと。
折角のアレク君の力作なのだから、温かいうちに食べないとね。
「ほう……塩釜か……」
「ご存知でしたか」
「昔、海沿いの町で食べた事がある。そうか、コイツも蒸し料理だったな」
昔やらかした迷い人のせいで、食文化に関してはあまり発達していない。
特に揚げ物や蒸し物に関しては全滅と言ってもいいぐらいだ。
だが迷い人が伝えたレシピではなく、この世界の人が独自に生み出した料理はちゃんと生き残っている。
その一つが塩釜料理ということらしい。
ガロンさんは以前にも塩釜料理を食べたらしいが、その時は「塩ごと焼いているんだな」程度で、それが蒸し料理の一種であるとは気づかなかったようだ。
ちなみに俺も蒸し料理だと気づかなかったクチだ。
あれは塩釜料理っていうジャンルの料理だとばっかり思ってた。
「ほう……卵白を使ったのか。なるほど、どうやってあの塩を固めたのか謎だったが、そういうことか」
あーガロンさん。
一人納得するのはいいんですが、塩釜を割る前からアレコレ口出ししていると、アレク君がやり辛そうですよ?
とりあえず席に着いて、愛弟子がこれまで学んできた成果を確認してみてはいかがですかね。
「えーと……この料理は塩釜料理といって、食材を塩で閉じ込めて蒸し焼きにした料理になります」
ガロンさんは正体を知っているが、他の初見の人達には焦げ目のついた塩だけという謎過ぎる料理のせいだろう。
珍しくアレク君が料理の説明をしている。
「この料理はこうして……こう……し………………ベル、ゴメン。割って」
「……」
塩釜を割るため、木槌でコツコツやっていたアレク君だが、思いのほか塩釜が硬かったらしく、ベルにバトンタッチする。
木槌を受け取ったベルは高々とソレを掲げると、そのまま振り落とした。
光になれぇぇ!!
いや違う。
彼女は一言もしゃべっていない。
そもそもベルが持つ木槌はゴールドでは無いし、持っているのも勇者王どころか勇者の卵ですらない。
もちろん塩釜が光になることはなく、シャーロットが文字通り粉砕したのに対し、彼女の一撃は大ぶりの塊を残す砕き方だった。
って、普通はコツコツやって少しづつ砕くんだからね?
別に一撃でやる必要は無いんだからね?
なに? シャーロットがそうしていた?
いいかい、ベル? 君にいい言葉を教えてあげよう。
『ヨソはヨソ、ウチはウチ』
どうだい? いい言葉だろう?
だからアイツを見習う必要は無いんだ。
分かったね?




