第636話 ポリッシャー
「おぉ、これはいい感じだな」
「でしょ? 本当は昨日のうちに出来てたんだけど、ベルがこの辺の仕上がりに拘ったから、今日になっちゃったけど」
「いやいや、そこは拘るべきポイントだと思うぞ」
「……」
ツルっとした天板部分に触れる。
拘っただけあって、ささくれどころかザラツキすらない。
きっとグラスを滑らせたら、スーッと滑って縁から落ちるであろう滑らかさだ。
しかも全ての角はR、つまり角が丸く削られ、柔らかな手触りとなっている。
四人掛けの折り畳み式テーブルとはいえ、手作業でこれらの仕事をするとなると大変な労力だっただろう。
改めてベルの仕事に感謝する。
もちろん手伝ったクレアにも。
「まぁ魔法の練習にもなったからいいわよ」
「練習?」
「そうよ。シュリさんが使ってた渦巻玉だっけ? アレを真似してみたら、こんなのが出来たのよね」
そう言ってクレアは手の平をかざす。
すると彼女の手の平の上に「ヒュォォォ」と、つむじ風のようなモノが発生し始めたではないか。
「これは『つむじ風』っていう風魔法なんだけどね。これを……こうしてみたの」
手の平の上に生み出された『つむじ風』を、そのまま別の手を上から圧し潰すように重ねる。
が、完全には重ねず、わずかに隙間が残ったところで手が止まる。
潰された筈の『つむじ風』は消滅することも無く、むしろ「ヒュォォォ」の音が甲高くなったぐらいだ。
クレアが手の平をどけると、圧し潰された状態のまま渦が巻いており、その様子はさながら台風写真のようでもあった。
「ね?」
……ね? って言われても、だから何? って気持ちしかないんだけど?
その状態だと、何か変わるのか?
俺の疑問が伝わったのか、クレアは「察しが悪いわねぇ」って顔で、テーブルと一緒に置いてあった端材に、その手の平を当てた。
途端、その端材から木屑がまき散らされる。
「うっぷ」
その木屑の向け先が俺だったのは偶然だよな? な?
クレアが「あっ!」って顔をした後、「ま、いっか」って顔になったように見えたのも気のせいだよな?
そんな疑問はさておき、彼女の魔法だ。
どうやら平たくされた『つむじ風』の魔法が木屑を生み出したのだろう。
だが、それは副次効果でしかない。
その効果は端材にあった。
その表面は研磨され、つるっとした面を見せていた。
その魔法はつまり……
「ポリッシャーか」
「ぽりっしゃー?」
ポリッシャーとはなんかこう……研磨用の機械……だったはず。
床を磨いたり、車の表面を磨いたりするための機械だったと思った。
使ったことは無いけど、テレビでやってたのを見た覚えがある。
「ふーん、ぽりっしゃー……ポリッシャーねぇ……うん、この魔法は『ポリッシャー』にするわ」
この世界の魔法の名前は割といい加減らしい。
シュリの渦巻玉しかり、クレアのポリッシャーしかり。
そもそもの魔法名ですら、元々は使い手がイメージしやすいものという理由で付けられている場合が多い。
だいぶ前にシャーロットから説明されていた短縮名という、魔法を使う上でのテクニックがある。
そのキーワードを意識する事に依り、魔法の効果を素早くイメージする技術だ。
これの最終進化形が、いわゆる単語を一言唱えるだけで発動する便利魔法である。
その短縮名ほどではないが、魔法名にもある程度、術者にその魔法をイメージさせる作用がある。
先程の『つむじ風』の魔法名を聞いて、誰もが風系の魔法だと思い浮かべられるように。
『石礫』の魔法名を聞いて、誰もが石を飛ばす魔法だと思い浮かぶように。
術者本人にも、そのイメージを付き纏わせ、効果を確定させているのだ。
要は何が言いたかというと、名前なんて付けたもん勝ちってことだ。
なんなら『リュウグウノオトヒメノモトユイノキリハズシ』でもいい。
それで正しく『甘藻』だと認識できるのであれば、だが。
「で、そのポリッシャーの練習代わりに、ベルのテーブル作りを手伝ったって事か」
「そうよ。そうしたらベルの食いつきが良くて、細かい所まで磨かされたけど」
「……」
「だから気にしなくていいって言ってるでしょ。魔法を細かく制御するのも修行のうちだって師匠も言ってたし」
俺には「とにかく数をこなせ」、としか言われてないんだけどな。
それも初めの頃に言われたっきりで、それ以降の指導らしい指導もないんだよな。
アレか? 俺には魔法の才能が無いって事なのか?
スキルを貰った時の話じゃ、潜在能力的には大抵の事はこなせるらしいけど、それを扱う中身が俺だからダメなのか?
シャーロットを問い詰めたいところだが、「その通りだ」とか言われたらショックなので、黙っておく事にする。
でも、もう少し魔法の指導を増やすようには、やんわりと言っておこう。




