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第628話 好奇心は猫をも殺す

『それで……アンタはアタシに何を求める? 永遠の命(人形)への至り方か? それとも迷い人の知識か?』


 自身の身の上話を一通り語り終えたゼペト氏は、話題を変えるかのようにそんな事を問うてきた。

 だが……


「人形になるのはなぁ……」


 もっと老いさらばえて今わの際な状態ならともかく、今の俺は健康な二十代の体なのだ。

 わざわざ人形になるメリットはない。


 それに人形になると、三大欲求とも無縁になるらしいんだよな。

 飛空艇のベッドは最高だし、まだまだ食べたいものはある。

 三大欲求とは違うが、風呂のあの何とも言えない至福の時間だって失いたくない。

 なによりスライムさん達だってもっと愛でたいのだ。


『ならば、迷い人の知識を求めるか?』

「確かアンタの専門って、ロボット工学だっけ?」


 ゼペト氏が俺より先の時代から来た人ならば有用な知識といえそうだが、逆に俺よりずっと前の時代からであれば、ほとんど意味を持たない。

 ロボット分野ってのは日進月歩な技術だからな。

 

 そもそも、その知識を反映できる土台がこの世界には無い。

 ゼペト氏ですら人形を使って何かする程度だったし、そんな知識を教えてもらったところで、宝の持ち腐れもいい所だろう。


『そうか……アンタも迷い人だったな。ならアタシの知識も、さほど有用ではないか』

「そう……だな……」


 俺が迷い人だとは告げた覚えはないのだが、どうやら彼の話が分かる時点でバレバレだったようだ。

 まぁこっちの世界の人にロボット工学の話題を振ってもチンプンカンプンだろうしな。


『つまり……キミは私に何を問いたかったのだ?』

「えーっと……その……正直スマンかった」


 すいません。ただの興味本位です。

 俺やシュリ以外の迷い人の話が聞きたかっただけです。

 ほら、地方から出て来たヤツ等が、同郷同士で集まったりするだろ? アレと一緒だよ。


『はぁー、……まぁいいけど。アタシも迷い人と久しぶりに話せたしね』


 彼もまた、向こうの世界の知識を広めたくないタイプの人だった。

 ロボット工学を学んでいたような人物であれば、世界を変える知識だって持っていただろうにな。

 敢えてそれをしなかったのは、その知識が元で世界が変わり過ぎるのを恐れたのだろう。


『そういう訳じゃ無かったんだけどね。アタシが持っていた知識だと、高度過ぎて役に立たなかったんだよ』

「高度過ぎて……っていうと?」

『ロボット工学、と言ってもアタシが学んでいたのはコンピューター制御の方だ。つまりコンピューターがない事には、なんの役にも立たないのさ』


 プログラミング言語をいくら学んでいたところで、プログラムを実行する媒体が無いのでは意味がない。

 そしてゼペト氏は、その媒体を作り出す知識までは持ち合わせてはいなかった。


 パソコンを自作できる人でも、マザーボードやグラボまで自作する人はいない。

 仮にマザーボードを設計できたとしても、作る事までは無理だ。

 電子機器の心臓部……集積回路とかあの辺の部品なんて、細かすぎて人力では不可能だろう。

 米粒に「最後の晩餐」を描ける人間がいたとしても、音を上げるレベルである。

 ロボットを作るためのロボットが必要になるのだ。


 プログラミングにしても同じ事がいえる。

 アプリを作る事が出来る人間は山ほど居るだろうが、そのアプリを実行するOSまで作れるヤツはいない……とまでは言い切れないが、ほぼいないだろう。

 ビルさんとかスティーブさんとか、そんな人ぐらいじゃないかな。


『こんな世界に来ると分かっていたら、もっと別な事を学んでおきたかったよ……』

「そ、そうですか……」


 異世界転移に役立つ学問って何だろうね。

 産業革命を専門にした歴史学?

 醤油や味噌を作る醸造学?

 やっぱり生き残る事が重要だからサバイバル術?


 まぁ今から覚える事なんて出来っこないから、無いものねだりだけど。


『さて、本題に戻ろうか。アンタたちは、アタシの作品(人形)を買いに来た、ってことでいいのかな?』

「そうなるのかな」


 俺が欲しかったのはマロンちゃんへの新しい人形であって、それがゼペト氏作なのか否かはどうでもいい。

 むしろ高名な人形師の作品ともなれば高値になっているだろうから、彼の作品じゃない方がいい位である。


『同郷のよしみだ。値段の事なら少しは勉強してやるよ』


 などと考えていたら、ありがたいお言葉が。

 どうやら、また顔に出てたみたいだ。

 俺が考えを顔に出しやすいのか、それとも察しのいい人が多いのか。

 とりあえず今回はプラスに作用したから良しとしておくか。


「そうは言っても、人形の良し悪しなんて、俺には分からないしなぁ……」


 姉も小さい頃は人形の一つや二つ持ってはいたし、当然人形遊びにも付き合わされた。

 だけど姉が持っていたのは、某イケメンすぎる父と若すぎる祖母を持つ、本人も小学生には見えないあの人形だ。

 ここに並んでいるビスクドールのような人形とは、ベクトルが全然違う。


「ここは女性陣に期待するかね」


 シャーロット達は俺がゼペト氏と話し込んでいる間、ずっと店内を物色しているからな。

 一人、半分だけ女性なのもいるけど、百パー男性の俺よりはマシだろう。

 きっと掘り出し物を見つけて来てくれるはずだ。

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