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第624話 Call my name

「弟子二号君。そこまで出来たのなら、あたしが教える事はもう無いっス。あとは己の芸を磨き続けるだけっス」

「師匠……」

「という事で、免許皆伝ッス。おめでとうっス」


 いつの間に用意したのか、綺麗な布で彩られたお手玉六個をコヨル少年に手渡すシュリ。

 いつの間に、というか例のちょちょっとスキルとやらで作ったのだろう。

 レッスンの間に繕っている様子もなかったから、クラフト系ゲームにある、アイテムボックス内で加工が出来るとか、そんな感じのスキルのなのかね。

 道具無しで作れるなら結構便利そうである。


「……ありがとうごさいます」


 そんなシュリ謹製のお手玉を恭しくも、微妙な顔つきで受け取るコヨル少年。

 まぁ弟子入りした目的が目的だからな。

 免許皆伝は嬉しくとも、弟子入り自体は終了となり、今後は別々の道を歩むことになるのだから。

 シュリと一緒に居たいと願うコヨル少年にとっては、ありがた迷惑といった所か。


「師匠には色々な事を教わったっす。大道芸だけでなく、生きる道も示してもらったっす」

「生きる道とか、そんな大それた事は教えたつもりはなかったっスよ?」

「いえ。語らずとも師匠の志は伝わって来たっす」


 志ねぇ……そんなの伝わって来てたのか?

 俺には自分が楽しんでいただけにしか見えなかったけどな。


「大道芸は人に見せるだけモノにあらず。まずは自身が楽しむこと。そう思ったら、色んなものが吹っ切れたっす」


 そうなのか? まぁ本人が納得しているなら、そういうことでいいのだろう。


「見ていて下さい、師匠。僕がこの町……いえ、この世界に大道芸を広めて見せるっす!」

「おー、頑張るッスよー」

「ハイ。その時は師匠を大道芸の始祖として伝えていくっす」


 コヨル君が大道芸の父なら、シュリは大道芸の母といったポジションになるのかね。

 お手玉一つで歴史に名前を残せるのかは知らんけど。


「あたしにそんな大それた呼び名は似合わないっス。だから、弟子二号。もし、君が大道芸を世界に広められたなら、それは君自身の功績っス」

「そうですか……分かりましたっす。でも、僕の師匠は、師匠だけっす」

「好きにするといいっス。じゃあこれで師弟ごっこは終わりっス」


 コヨル君がお前の事をずっと師匠だと言っているのに、その返答はどうなんだ?


「あの……一つだけお願いがあるっす」

「なんスか? 一つだけなら餞別代りに聞いてあげるッスよ? あ、でも、さっきのは無しっスよ?」

「名前を……名前を呼んで欲しいっす」

「名前……っスか」


 そういえばシュリはコヨル少年の事を弟子二号としか呼んでいない。

 彼女にとって、コヨル少年はその程度の認識なのだろうか。


「呼んでもいいっスけど、一回だけっスよ?」

「はい!」

「えー、オホン。……コヨル。貴方の進む道には様々な困難がある事でしょう。なぜなら大道芸という誰も通った事のない道を歩むのですから」

「…………」

「この道を行けばどうなるものか、危ぶむなかれ。危ぶめば道はなし。踏み出せばその一足が道となり、その一足が道となる。迷わず行けよ。行けばわかるさ」

「……師匠! ありがとうございます! 師匠の言葉、絶対忘れません!」


 おい! 前半はともかく、後半は丸パクリじゃねぇか。

 しかもご丁寧にアゴまでシャクリやがって、まんまあのプロレスラーを意識してやってただろ。

 それなら最後のビンタまでやって欲しいものだ。

 もちろん、ロケットさんを使ったチチビンタでも可。

 むしろそっちなら俺も喰らいたいぐらいだ。


 だがロケットさんのチチビンタも、シュリのノーマルビンタも炸裂することもなく、コヨル少年はシュリと握手を交わし、そのまま空き地を去って行った。

 去り行く際、目元に一筋の光が見えたのは気のせいでは無かろう。

 あぁ、彼の初恋は敗れ去ったんだな。


「さ、暑苦しい弟子が居なくなったことだし、町ブラを再開するっスよ」

「暑苦しいって……いくら何でもその言い方は無いんじゃないか?」

「暑苦しいもんは暑苦しいっス。さっきも言ったっスけど、熱血漢はコリゴリなんス」

「だからって……」

「あの子にとって、あたしは青春の幻影ってヤツっス。一時の幻として現れただけの存在っス」


 そう呟くシュリの横顔にいつもの軽い雰囲気は無く、物憂げな大人の女性のような、そんな感じの横顔だった。

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