第619話 大道芸
アレク君に餡子の事はマルっとお任せするとして。
俺は餡子以外の小豆の使い道を考えてみるか。
人に丸投げしておいて自分は何もしていないのは、マルナゲンとして失格だからな。
餡子以外の小豆というと……煮たのを冷やして固めてみるか?
某小豆アイスなんて、世界一硬い食べ物として知られるカツオ節に匹敵するであろう硬さだ。
あの硬さなら、立派な鈍器になるだろう。
……いくら硬いとはいえ、武器は流石に無いか。
所詮はアイスだし、初めは石に様に硬くても、時間が経てば溶けるしな。
食えるから証拠隠滅には向いてるけど、そんな用途の為に作りたくもない。
あとは、そうだな……小豆を使った枕なんてどうだろう?
そば殻枕もいいけど、小豆の枕も結構好きなんだよな。
夏場とかだと、割とヒンヤリしてるせいか、羽毛や綿の枕よりも寝やすいのだ。
そういえば、テレビで小豆には吸熱効果があるって言ってた覚えがあるな。
その効果を利用して電子レンジで温めて、カイロの代わりにしているんだとか。
小袋にでも入れて、携帯用の暖房器具として販売するのもいいかもしれんな。
飛空艇以外に電子レンジなんて無いだろうけど。
「はいはーい。あたしも小豆の使い道を思い付いたッス」
「うむ、シュリ君の発言を許可する」
「なんか偉そうっスね……まぁいいっスけど。あたしが思いついたのはコレっス」
「これは……お手玉か?」
「ピンポーン。その通りっス」
そう言って、お手玉三個を、ひょいひょいとお手玉するシュリ。
器用なもんだな……って、あれ? お手玉なんて、いつの間に作ったんだ?
「まぁソコはちょちょっと。小豆はオジサンに分けてもらったっス」
「ちょちょっとって、歩きながら作っているようには見えなかったぞ?」
「そこはまぁ内緒っス」
内緒って……コイツ、生産系のスキルでも持ってるのか?
そういやシュリのスキルって、『薬学大全』以外は聞いていないな。
知りたい気持ちもあるけど、本人からの自己申告からはともかく、こっちから他の人のスキルを聞くのはマナー違反なんだよな。
とりあえず、シュリには何か秘密のスキルがある。
それが分かっただけでも良しとしよう。
あと、割とお手玉が上手い。
四個とか五個とかをひょいひょいお手玉する様は、大道芸人としてもやっていけそうだった。
「なぁ……さっさと人形店に行ってやりたいんだけど……」
「この有様ではな……」
実際、シュリは人気だった。
お手玉というかジャグリングは、ディルマの町の人達に大ウケだった。
それもそのはず。ディルマというか、この世界で大道芸人を見た事がない。
命の軽いこの世界だと、日々を生きるだけでも精一杯な人が多い。
そのせいか、娯楽というものがあまり発達していないようだ。
ふむ……折角のチャンスだし、いっそこの世界に大道芸というものを広めてみるのもいいんじゃないか?
向こうの世界の科学や兵器、政治とかの知識と違って、大道芸を広める程度なら影響は少ないだろうし。
むしろ食文化と同様に、この世界を豊かにするための知識であれば、積極的にとまではいかなくても、それほど慎重にならなくてもいいと思うんだよな。
「ということで、この鍋をシュリの前に置いて来るから、シャーロット達は鍋目掛けて、おひねり……銅貨を投げ入れてやってくれ」
いわゆるサクラである。
大道芸を広めるには、大道芸で稼げるようになる人が出てくるのが一番手っ取り早い。
その為の礎として、大道芸での稼ぎ方をこの場で確立してしまいたい。
俺達に続いて同じようにコインを投げ入れる人が出て来れば、きっと大道芸は広まって行く筈だ。
と、大それたことを言ってはいるが、要は止め時が見つからないシュリへの助け船である。
さっきから人が集まり続けるため、お手玉しっぱなしな彼女が、目で「助けてっスー」と訴えて来ているのだ。
芸を披露し、その対価を得れば、それで芸を止めるタイミングになる。
俺は芸の邪魔になってはと、隠密を発動させながらシュリに近付く。
(ショータさん、助けて欲しいっス。これ、どうやって止めたらいいか、分かんないっス)
(安心しろ。その為に俺が来たんだ。俺が鍋を置いたら、シャーロット達がおひねりを投げ入れる手はずになっている)
(了解っス)
マジックバッグの中に入れっぱなしだった、『おなべのふた改』ことクッキングシールドを取り出す。
アレク君用の盾として誂えたモノだが、製作者のフランさんの努力により鍋としても使えるようになっているのだ。
初使用が盾でもなく、鍋でもなく、おひねり入れなのは想定外だったけどな。
盾用の持ち手をパカッと取り外し、鍋状態となったクッキングシールドを地べたに置く。
それを見計らって、シュリもお手玉を一層高く放り投げ、芸のシメに入った。
ひょいひょいひょーいと高々と上がるお手玉。
そのまま頂点に達すると、自由落下をする。
それを受け止めるのは彼女の手……ではなく、俺が置いたはずの鍋。
ボスッボスッボスッと鍋に吸い込まれていくお手玉。
最後のお手玉が入り、芸は無事終了。
すると、その鍋に向かって、ポーンと光るものが投げ入れられる。
言うまでも無く、シャーロットの投げたおひねりだ。
まるでそれも芸の一環だと思わせるような、そんな投げ入れ方だ。
続いてアレク君が投げたおひねりが、多少逸れはしたが、シュリが上手く鍋を操りキャッチする。
さて、ここまでは仕込みだが、後に続く人達が出てくるだろうか?




