第615話 代わりの人形
マロンちゃんから受け取ったターニャちゃん人形は、実は自動人形だった。
しかもその戦闘力はシャーロット以上。ただし燃費はアメ車以下。
そんな人形のご主人様になれと、シャーロットは言う。
うん、保留だ。保留。
とりあえず大事なのは、こんな物騒な人形はマロンちゃんには返せないって事だな。
ただ、マロンちゃんが見せた、あの寂しそうな顔を思うと、何もせずにはいられないんだよな。
となると彼女には代わりの人形を渡せばいいんだけど、生憎と幼女用の人形なんて気の利いたものは無い。
そもそも人形自体持ってはいない……いや、いると言えばいるな。
マデリーネさんの出産を待つ間、手慰みにとザクザクしていたタマゴ人形だけど。
一応、タマゴ人形と言ってはみたが、所詮は綿を固めただけの一見すれば白い塊だ。
そんなモノが代わりの人形になり得るだろうか?
……ないな。ないない。
シャーロットじゃあるまいし、綿を固めただけのモノを喜ぶとは、到底思えない。
せめてもう少し人形っぽくないと、子供だましにもならないだろう。
「どうした? 考え込むのもいいが、あまり遅れるようだとシュリが騒ぎ出すぞ?」
「あーそうだな……ま、いいや。そのうち思いつくだろ」
「何を考えてたかは知らんが、いい考えが浮かぶといいな」
「そこは未来の俺に期待だな」
未来の自分にまでも厄介ごとを丸投げする者こそ、真のマルナゲンといえよう。
あるいは問題の先送りとも言う。
ただ未来の俺に丸投げしたとはいえ、現在の俺がのうのうとしてもいられない。
例えばそうだな……ディルマで新しい人形でも探してみるのなんかどうだろう?
マウルーじゃ人形なんて露店で位しか見かけなかったが、この町でならいい出物があるのではないか?
それに、だ。
ただ目的も無くうろつくより、人形探しという目的があった方が町ブラも捗る気がする。
そんな考えをシャーロットにも伝えてみた。
「ふむ……それなら一軒。いい店を知っている。ゼペト作の人形を多く取り扱っている店だ」
「ゼペトとやらがどんな奴かは知らんけど、そこまで言うなら行ってみるか」
一国の首都ともなれば、人形を取り扱う店まであるのか。
いい出物があるかも、とか思っていたけど、店舗まであるのは想定外だったな。
まぁあるかも分からず歩くよりは、目的地がハッキリしている方がいいか。
「シュリ。シャーロットが隠れた名店ってヤツを紹介してくれるってさ。行ってみないか?」
「お? なにやらヒソヒソ話をしてたようっスけど、二人でどっかにしけこむ相談じゃなかったんスね」
「しけこむってなんだよ……いくら何でも、こんな見知らぬ町でお前らを置き去りになんかしないぞ?」
「まぁそういう事にしとくっス」
「ねぇねぇー。しけこむってなにー?」
「おっと、ショータさんが細かい所に反応したから、マロンちゃんまで気になっちゃったっスか」
細かいか? むしろサラッと流す方が被害が酷くなりそうな気がしたんで、ツッコミ入れたんだけど。
「しけこむって言うのはっスね……」
「シュリ! おしゃべりしてると、置いていくぞ!?」
「ちょっ、置き去りはもう勘弁っすよー」
先の小悪魔マロンちゃんの仕込みを考えれば、シュリとマロンちゃんを一緒に行動させるのは軽率だったか?
今更ながら後悔が頭をよぎるが、こうして一緒に出掛けてしまった以上、「じゃあシュリだけ別行動で」ともいくまい。
今の俺に出来る事といえば、こうしてシュリがマロンちゃんに妙なことを吹き込む前に、インターセプトするぐらいである。
シャーロットの案内でディルマの町を歩く。
まぁ安定のシャーロットさんなので、目的地に真っ直ぐ辿り着けたりはしなかったのだが、元々町ブラが目的だったからな。
焼きモロコシの屋台で醤油のかかっていない、ただ焼いただけのモロコシを食べたり。
露店に並べられたアクセサリーが、呪いのアイテムばかりだったことに驚愕したり。
野菜は新鮮なんだけど、売ってる人が微妙に陰気だったり。
睡眠学習で見た事のある、だけど本当の姿までは見た事のない町が、俺の前にあった。
町並みというのは、建物だけでは成立しない。
建物があって、人が居て、そこで生活をしている。
それらをひっくるめて、町並みと呼べるんだろうな。
夢の中では見るだけだった町の喧騒を聞き、屋台の匂いを感じる。
なにより、あの世界には無かった人混み。
それらを実際に感じた事で、初めてディルマに来たと思えて来た。
「焼きモロコシは美味しいっスけど、やっぱ醤油が欲しくなるっスね」
「そうだなー。かといって醤油を渡して焼いてもらうのは流石にな……」
俺もシュリも、焼きモロコシといえば醤油派だ。
もちろん単純に焼いただけでも美味しかったのだが、やはり物足りない気持ちもある。
「だったら自分で作ったらどうだ? 材料ならその辺の露店で売っているだろう?」
「うーん……ちょっと違うんだよな。屋台で買う事を含めての美味しさなんだよ」
シチュエーション込みの味ってヤツだな。
よく言われるのが、具がショボい焼きそばであっても、海の家で食べると不思議と美味しくなるアレの事だ。
割りばしをキュウリに刺しただけのモノでも、屋台で買うと不思議と美味しくなるアレだ。
ステーキ店で出てきたら「黒焦げだろ!」と文句言いたくなるようなコゲコゲお肉も、バーベキューであればギリ食えるアレだ。
「そんなものか」
「そんなもんだ」




